小路幸也さんをお招きしての「週末招待席第三回」。前回小路さんが挙げられた〈エラリイ・クイーンベスト5〉は、1『ダブル・ダブル』、2『九尾の猫』、3『十日間の不思議』、4『シャム双生児の秘密』、5『真鍮の家』でした。今回は、それぞれの作品を好きな理由についてお聞きするところから始めましょう。
——おお、スタンダードのように見えてひねりのあるリストですね。『ダブル・ダブル』以外の四作についても、一言ずつコメントを頂戴してよろしいでしょうか。
小路 では、どれも中学のときの初読の際に持った印象ということで。『九尾の猫』は「映画のようじゃないか!」とものすごく印象に残りました。映像的な作品ですかね。クイーンもこんなのを書くのか、と驚いたのを覚えています。それこそまるでアメリカのTVドラマを観たような場面が次々に繰り広げられるのにワクワクしました。
——ミステリー研究家の小山正さんに教えていただいたのですが、『刑事コロンボ』のリンク&レビンソンが、TVドラマにしているそうですね。
小路 そうなんですか。『十日間の不思議』は、キリスト教というものが英語圏の創作家にこんなにも深く根づいているのか、と思い知ったという意味合いで。ある種のカルチャーショックを感じた作品です。日本的な因習とか仏教神道にまつわる因果風習などが薄い北海道にいたせいもあり、そういうものがピンとこなかったのですがキリスト教のそれはまるでパズルのようだなと。きっとミステリーに向いた宗教なんじゃないかと思いましたね(笑)。
——禁止事項でがんじがらめにされる宗教ですからね。
小路 『シャム双生児の秘密』は今で言えばタイムリミットサスペンスモダンホラーですよね(笑)。おそらくクイーンもその辺りを狙っているのでしょうけど、推理とそこを融合させる手際に唸りました。『真鍮の家』は、数少ないクイーン警視の物語。実はそれほど再読していないのですが、妙に好きです(笑)。なんだろう、きっとクイーン警視がエラリイを思う眼差しが僕は好きなのじゃないかと思います。そうか、まったく意識してませんでしたがこれはエラリイの〈新しい家族〉の物語ですよね。頑固な父親に快活で元気な(新しい)母親、そして父を敬愛する並外れた頭脳を持つ息子。むー、僕は昔からそういうものに目を向けていたのかもしれませんね。自分でも新しい発見です。
——ちなみに、クイーンがお好きな理由は、さっきおっしゃられたような「古き良きアメリカ」性だけでしょうか? クイーンという探偵の持つヤンキーらしさ、いかにも北部アメリカ人らしいところも、お好きなポイントかと思うのですが。
小路 おっしゃる通りです。いかにもアメリカ人! というところが魅力的でした。そしてテレビや映画で知っているのにもかかわらず、〈アメリカ人〉というものは身近にいない〈架空の存在〉でしかなかったんですよね(少なくとも僕が小さいころの大半の日本人は)。そこもポイントだと思います。〈名探偵〉とは架空の存在でしかない。しかし扱う事件は現実に即したものである。この〈架空と現実〉のバランスが見事に調和するのは、僕の中では 〈見知らぬ、かつ時代も違う外国〉でしかないんですね。
——バランスをとるのが難しいと。
小路 はい。そういう意味で、日本の名探偵は(僕の中では)もはや明治・大 正・昭和前期の中にしか存在できないんです。その時代の日本はもう〈ファンタジー〉の世界ですから。
——なるほど。
小路 颯爽として超然として、かつ、悩み苦しむことが〈絵になる〉ことこそが、クイーンのクイーン足る所以だと思います。
——なるほど。日本の名探偵はファンタジーの領域に入った世界でのみ存在しうるという理解は、実際に小説というツールを使って架空現実を物語化されている小説家ゆえの、誠実な言葉だと思いました。小路さんの作品の『東京バンドワゴン』連作が成立しているのは、あえて名探偵という中心的存在をおかず、集団劇になっているからなのでしょうか。かつて『ホームタウン』で書かれた、百貨店チェーンの中でトラブルシューター的な活動をする主人公も私立探偵の延長線上にいるキャラクターだと思いますが、正統派の探偵キャラクターを主人公にした作品を書かれるのは、小説家として相当な覚悟がいることなのでしょうか。
小路 『東亰バンドワゴン』は〈ホームドラマ〉という領域のファンタジーですからね。当初は意識して探偵役を〈紺〉という孫にさせようと思ったのですが(1作目の第一話はまさにそういう形です)、あっという間に家族の波に飲み込まれました(笑)。ただそれ以降も基本的に思考で謎を解く作業をするのは〈紺〉なのですよ。でも、結局は並外れたいいかげんさを持つ父親の〈我南人〉にかっさわれていくというパターンを決めました。〈我南人〉にしてみても中心人物の〈勘一〉の息子ですから、こじつければクイーン父子の三段活用になっています。
——ああ、そうか。リチャード=エラリイ関係の発展形だ。
小路 『ホームタウン』の〈百貨店の探偵〉というポイントは、クイーンの『フランス白粉の秘密』でフレンチ百貨店専属の探偵がいたところから始まっています。おそらくは〈警備員〉という意味合いでしょうけど、あの作品では〈探偵〉と訳されていますよね。
——それは気付かなかった!
小路 杉江さんがおっしゃる通り、正統派の探偵を書くには、僕にとっては覚悟と勇気がいります。……と、今は思います。残念ながら、結果として『ホームタウン』は理想の〈探偵物語〉からは一歩外れて斜めの方向へ物語をシフトしてしまいました。まだデビュー仕立てで(まったく売れず(笑))闇雲に突き進んだ結果ある意味では自分の納めやすいところへ落ち着いてしまいました。今は、覚悟を決めて勇気を持って、いつか〈正統派の探偵の物語〉を書く所存です。
——書いてください! 期待しています。
小路 それがいつになるかは、現時点ではお約束できませんが(笑)。
——ずっと待っていますとも!
(プロフィール)
小路幸也 しょうじ・ゆきや
北海道旭川市生れ。札幌市の広告制作会社に14年勤務。退社後執筆活動へ。2003年に『空を見上げる古い歌を口ずさむ pulp-town fiction』で第29回講談社メフィスト賞を受賞し、デビューを果たす。2006年、古書店を経営する大家族が主人公の『東京バンドワゴン』を発表し、ミステリー以外の読者からも注目を集めた。著書多数。北海道江別市在住。