某月某日。コーマック・マッカーシー? コーエン兄弟の映画『ノーカントリー』の原作者? ああ、あの映画なら観たよ、観ましたよ。すごかったねえ。麻薬組織の大金をネコババした男が、建築家の安×××氏みたいな風貌のスーパークール、スーパーグレートな殺し屋に追っかけられる。すんごい緊迫感なのね。で何かこう神話的なのね。
原作は『血と暴力の国』っていうんだ? まあ映画観たからべつに読まなくても……え? 映画はかなり原作に忠実だけど、省かれた部分もあって、たとえば主人公が行きずりの女の子と道中をともにするところなんか最高? ふうん。じゃ、読んでみるかな。
某月某日。いやあ、よかったなあ、『血と暴力の国』。で、マッカーシーの小説、次は何読んだらいいの?——って訊きゃいいんだろ? そういうアレだろ?……え? 『ザ・ロード』なんかどうですか? もしかして、アメリカ中を車で走り回るビートたけし族の話かい? それはケルアックの『オン・ザ・ロード』だ? 違うだろ、『オン・ザ・ロード』はビート族じゃねえか——って、へへ、知っててボケたの!
ははあ、『ザ・ロード』は、核戦争か何かで破滅して陽が射さなくなった灰色の世界を父親と幼い息子が旅する話なのか。それは食料不足のために、生き残った人間たちが共食いするような神も仏もない世界であると。でも父と子の物語が泣かせるって? たとえ太陽が二度と出なくてもオーケイ、愛があればオーケイ、みたいな? ふうん。じゃ、読んでみるかな。
某月某日。うわーん、おいら『ザ・ロード』を読み終えて三日たつのにまだ泣いてんだ。この涙が止まるようなマッカーシー作品はない? え? 血も涙もない連中の話はどうか? ふうん。じゃ、読んでみるかな。ってまだタイトル聞いてないや。
なになに、『ブラッド・メリディアン』? 十九世紀半ばのアメリカ南西部とメキシコ北部を舞台とした悪党集団の物語? サム・ペキンパーの映画『ワイルドバンチ』みたいなもんかな。な、何だって? 『ワイルドバンチ』のアウトローたちが純真なボーイスカウトに見えてしまうような超極悪人どもが登場するピカレスク・ロマンの極北? 極北って何よ? 北極の反対で南極?
その極悪集団、アメリカ先住民を虐殺して、頭の皮をはいで、一枚いくらで売る連中なの? それじゃ『ワイルドバンチ』じゃなくて『イングロリアス・バスターズ』か! テン・ハット! タラちゃんもびっくり!
某月某日。すげえ、すげえよ、『ブラッド・メリディアン』! なんだよ、あの悪党集団のイデオローグ的存在のホールデン判事って海坊主は! むかし『燃えよデブゴン』のサモ・ハン・キンポーが?動けるデブ?って呼ばれたけど、身軽に踊りまくる巨漢判事はある意味それだな。?動けるデブ?にして殺人者にして科学者にして哲学者。おかげでおいらの涙は涸れ果てて、神も仏もない世界にいざなわれちゃった。あとはこう、しみじみと美しく感動できるようなのはない?
お薦めは、マッカーシーがベストセラー作家になるきっかけとなった『すべての美しい馬』、『越境』、『平原の町』の?国境三部作?? あ、それ、おいら三つとも読んだ。あれの作者がコーマック・マッカーシーだったのか。おいらってお茶目なおトボケさんだね!
いや、三作ともよかったよ。マッカーシーの世界ってものすごく残酷なんだけど、だからこそ生の輝きが増すんだ。それはどの作品もそうで、あの『ブラッド・メリディアン』だって例外じゃないと思う。
おいらのカノジョのメリー・ジェーンなんか、『すべての美しい馬』を読んで、こんな素晴らしいラブ・ロマンスはめったにない、主人公のジョン・グレイディにぞっこん惚れたと言ってたもんな。で、おいらを棄てて、ジョン・グレイディに似た男を探しに、アメリカ南西部へ旅立っちまったんだ。なんて残酷な運命! ああ、メリー・ジェーン、帰ってきてくれよ!
黒原敏行