あの傑作短篇集『クリスマス・プレゼント』から足かけ8年、ついにディーヴァーさんの第2短篇集『ポーカー・レッスン』が出ましたね。そこで今日は、訳者の池田真紀子さんによるお薦めの3冊を、改めてみなさんにご紹介します。この文章は2009年12月に当サイトに掲載されたものの再掲です。(編集部)

 ジェフリー・ディーヴァー=ジェットコースター・ミステリー。

 いきなり断言してしまいましょう。この看板に偽りはありません。ディーヴァー作品の表紙を開くのは、遊園地のジェットコースターの、あの狭苦しくも安心なシートにおさまり、安全バーをぐっと握り締める行為に等しい。あとはもう、がたごとと高みまで運び上げられたあと、思いきりよく突き落とされるだけです。レールは山あり谷あり、豪快な急カーブあり。途中で下りることは許されず、ひたすら終点に向けて突っ走るのみ。スリル満点の旅が保証されています。

 ただ、そんな楽しい旅も、終点でがつんと急ブレーキをかけられ、「はい、お帰りはこちら!」とそっけなく放り出されたとしたら、せっかくの楽しさもそこで半減してしまうでしょう。リピーターにはなりたくない。

 その点、ディーヴァー・コースターは、どれを選んでも安心です。終点に一服の清涼剤を用意し、読者が乱れに乱れた心をほっと落ち着かせたあと、しっかりとした足取りで地上に無事下り立つところまでちゃんと見届けてくれるからです。アフターサービス万全。そう、読後感がこのうえなくよろしいのが、ディーヴァー作品のあまり語られないすてきな魅力の1つです。

 というわけで、ジェットコースター中は手に汗握らされっぱなし、でも読後はさわやかな風が頬をそっとなでてくれる長編のなかでも、とくにおすすめの2作品をご紹介します。

 1つは『静寂の叫び』。ディーヴァーの世界的大ブレイクを決定づけた珠玉の1冊です。

 聾学校のスクールバスが乗っ取られ、生徒や教員が人質として監禁される事件が発生。FBIの交渉人が解放交渉に当たります。犯人グループとの駆け引きは、緊迫感びりびりの頭脳ゲーム。臨場感たっぷり。息つく暇を与えません。もちろん、トレードマークのどんでん返しもどっかんと来ます。

 でもね、読後どれほど時間が経過しても、鮮明に記憶に蘇るのは、交渉人と人質の1人との言葉を介さない交流の美しさなのです。『ダイハード』でよれよれしているブルース・ウィリスを無線の声だけで支え続けた制服警官、すべて片づいたあとに2人が初めて顔を合わせる場面、あれにも通じる、つい自分まで駆け寄っていって3人で抱き合いたくなるような静かな感動が、結末であなたを出迎えます。

 もう1作は、四肢麻痺の車椅子探偵リンカーン・ライム・シリーズの第7作、『ウォッチメイカー』

 ある冬の日、不気味な置き時計を現場に残す殺人鬼がニューヨークの街に現われます。まもなく、犯人らしき男が同じ時計を10個まとめ買いしていたことが判明。おいおい、こいつ、10件も猟期殺人をやらかす気でいるわけ?! 天才科学捜査官ライムは、被害者をあと一人だって増やしてなるものかと大捜査を展開。手に汗度、どんでん返し度は、シリーズ中おそらく一番です。

 この作品も、終わりがいいんだなあ。ライムの公私にわたるパートナー、アメリア・サックスが、引退してしょんぼりしちゃった元刑事の自宅を訪れ、励ますでも何をするでもなく、ただ黙って現役時代の思い出話に耳を傾ける。そこまで何百ページ分もはらはらしたり仰天させられたりしたあとだからこその、穏やかな感動。憎いです。

 さて、そんな読者思いのディーヴァー氏にも、走行中のコースターの前からえいっとレールを取っ払ってみたい意地悪な衝動を抑えきれなくなることがたまにあるようです。

 短編集『クリスマス・プレゼント』の著者まえがきに、長編と短編についての考えが述べられています。数段落にわたるそれを、砂糖からカラメルくらいまで煮詰めると——ちょっとくらい後味が悪くたって、短編なら怒らないでくれるよね?

 『クリ・プレ』には、ディーヴァー印のアフターサービスがついていない作品がずらり。もちろん、そればかりではなく、心温まるちょっといい話も、お口直し的に適度にまぎれこんでいます。

 短編は、短い。必然的に、その作品の世界を構築するのに使える文字数も限られます。だから、巧みな短編を書くのは、たぶん、長編よりかえって難しい(訳すのもね)。なのにこれほどハイレベルな短編をへろっとそろえてしまえるディーヴァーにはもう、脱帽するしかありません。短編集だから、ちょい読みも可。長編と違って、ついつい一気読みして寝不足になる心配、“やや”少なし。おすすめです。

 池田真紀子

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