ポール・アルテの特徴をひと言で言いあらわすなら、《クセになる作家》とでもなるだろうか。「読者の魂を揺さぶる名作」だとか「10年に一度の大傑作」とはちょっと違うけれど(そもそもアルテは、毎年ほぼ一作のペースで新作を書いていますしね)、一冊読むと次を読みたくなる、しばらくご無沙汰しているとまた無性に読みたくなるといった類の作家なのです。

 それが証拠に、ファンがアルテ作品についてあれこれ語り合うフランスのフォーラム・サイトには、新刊が一年ほど滞っただけでこんな投書が寄せられている。「オイラ、ここんとこずっと、アルテを読めずにいるんだけど……正直、すっかりアルテ中毒になちまっててさ。本屋にずっと新刊が見あたらないと、もう禁断症状が始まって……もっと早く出せって、出版社に圧力かける手はないんかな?」(一部超訳アリ)

 かくも読者をとりこにするアルテの魅力とは何か?それは彼がいまや世界でも稀有な、密室専門のミステリ作家だという点にある。ミステリ・ファンならば「密室」と聞いて、誰もが心ときめかすだろう。毎回、趣向を変えたその密室トリックで読者を驚かせたいと、アルテ自身が執筆の抱負を語っているのだから、嬉しくなるではないか。ミステリ初心者ならば、最後に明かされる意外な真相に思わずアッと声をあげるだろうし、年季の入った密室マニアならば、「ほう、今度はその手で来たか」とばかりにニヤリとするに違いない。

 密室のほかにも、姿なき殺人者、人間消失、呪い、幽霊屋敷、死者の甦り、輪廻転生、分身、予言、幻覚などなど、怪奇な謎がてんこ盛りになって、ミステリ本来のワクワク、ドキドキ感を盛りあげてくれる。

 もうひとつ、シリーズものならではの魅力として、登場人物のキャラクターも挙げておかなくては。主人公の名探偵ツイスト博士については、『死が招く』の冒頭で次のように描写されている。

 アラン・ツイスト博士は年のころは六十ほど、あきれるほど痩躯で、愛想のいい上品そうな物腰をしている。色合いの異なる青を混ぜ込んだツイードの上着に、見事な赤い口ひと白髪混じりのくせ毛がよく映えていた。黒い絹の細紐でとめた鼻眼鏡の奥から覗く、人のよさそうなブルー・グレーの目は、皺だらけの顔に似合わず子どもっぽい、優しげな口もとと好一対をなしている。

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 とまあ、見るから典型的な英国紳士だが、なかなか茶目っ気たっぷりなところもある。痩せた体に似合わず大食で、事件捜査のさなかにも二人前の食事をぺろりと平らげて、相棒のハースト警部をあきれさせるのだが、そのハースト警部はというと、こんな人物である。

 ツイスト博士とむきあっているずんぐりした体格の男はアーチボルド・ハースト、もうすぐ五十歳に手が届こうというロンドン警視庁の警部である。(中略)堂々たる巨体のハーストは、息づかいまで重苦しかった。わずかに残った黒髪をぴったりと撫でつけた下には、太った赤ら顔が広がっている。

 気が短くて怒りっぽいが、奇怪な難事件が起きるとなぜか決まって彼のところに担当がまわってきて、友人のツイスト博士に助けを求める羽目になる。事件が錯綜してイライラし出すと、いつもはうしろに撫でつけている前髪がおでこにぱらりとかかるのが、彼の機嫌を示すバロメーターである。推理能力のほうはさっぱりだが、ハースト警部が発した何気ないひと言がきっかけで、ツイスト博士が事件の真相に気づくというのがお約束のパターンになっている。

 そういえば、次回に邦訳が予定されている『ダートムアの悪魔』はフランスで漫画化されているので、その表紙となかに描かれたツイスト博士のポートレートを掲げておこう。まあ、こんな感じの二人組だとイメージしてください。

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 現在まで邦訳されているのは次の9作品で、3と9以外はツイスト博士シリーズです。シリーズといっても内容的にはすべて独立した作品なので、どれから読んでもらってもまったく問題ない。ともかく目についた一冊から始めてもらえれば、あとは病みつきになること間違いなし。残りの8冊にも次々と手を出したくなるはずだ。でもまだ未訳の作品が20作以上残っているので、まだ当分は禁断症状に苦しむ心配はない。あとは訳者の努力と売れ行き次第ということで、今後とも読者諸氏のご支援を切にお願いします。

1.『第四の扉』 *ツイスト博士シリーズ

2.『死が招く』 *ツイスト博士シリーズ

3.『赤い霧』

4.『カーテンの陰の死』 *ツイスト博士シリーズ

5.『赤髯王の呪い』 *ツイスト博士シリーズ

6.『狂人の部屋』 *ツイスト博士シリーズ

7.『七番目の仮説』 *ツイスト博士シリーズ

8.『虎の首』 *ツイスト博士シリーズ

9.『殺す手紙』  ★最新刊