ウィンズロウ濃縮還元250パーセント
── ドン・ウィンズロウ『ボビーZの気怠く優雅な人生』
『ストリート・キッズ』に衝撃を受けて以来、ドン・ウィンズロウの新作は欠かさず追いかけてきている私だが、その中でどれをナンバーワンに推すかと問われると迷わずにこれを挙げる、それが『ボビーZの気怠く優雅な人生』である。
主人公は「生まれついての落ちこぼれ、国際級のへなちょこ野郎」の、冴えないこそ泥ティム・カーニー。持って生まれた不運と肝心なときにへまをやるどうしようもない癖のおかげで、ムショの中でヘルズ・エンジェルスの一人の喉をかっ切り、くそ壷に両足どっぷり、“生き延びる見込みなき人生”まっしぐら。
ところがそんなへなちょこティムに救いの手がさしのべられる。相手は麻薬取締局の悪徳捜査官タッド・グルーザ。彼は『伝説の男』ボビーZとティムが似ていることを利用して、ティムにボビーZとして替え玉となることを要求した──。
さて、ここで振り返るが、ドン・ウィンズロウの小説の魅力とは何か。
ビートの利いた文体、乾いたウィットとユーモア、いかれぽんちだが魅力的なキャラクター、不実だが美しい愛すべき女たち、麻薬とギャングと悪党ども、そして、血のつながらない・あるいはつながる、父と子の絆。
最近のドン・ウィンズロウは大作化の傾向が強い。『犬の力』しかり、最新作の『フランキー・マシーンの冬』しかり。どちらもかなりの厚さの文庫上下二巻本である。『ストリート・キッズ』から始まるニール・ケアリーものも、それぞれ独立しているとはいえ、全五巻のシリーズになる。『ストリート・キッズ』自体も、かなり分厚い。
もちろん、どれを読んでも間違いなくおもしろいとはいえ、ウィンズロウを読んだことのない人、または翻訳ミステリに慣れていない人に、いきなり分厚い文庫本をどさっと渡して「読め」と命ずるのは、布教の手段としては少々よろしくない。ここはちょっと薄めで軽く読めそうで、しかもその作家の良いところがギュッと凝縮されている一冊を選んで渡すべきではないか。
こう考えてくると、『ボビーZの気怠く優雅な人生』は、まさに「ウィンズロウ初心者」のためにあるような作品である。文庫としてさほど分厚くない(本文300ページほどと、翻訳物としてはかなり短い)上、上記のウィンズロウの魅力だけを取り出して、ぎゅぎゅっと押し込んだような物語である。
ティム・カーニーがいかにして伝説の男ボビーZになったかという顛末を、ここに記そう。
この最初の一行を読んだ瞬間に、物語は加速を始める。もうページから目を離すことができない。どんどん読み進めるほかはない。
国際級のへなちょこティム・カーニーがいかにして伝説の男ボビーZとなったか。そう、これは伝説であり、神話であり、大人のおとぎ話であり、最後までページをめくる手を休ませないことを約束する、超一流のエンタテイメントだ。麻薬、ギャング、陰謀、アクションに銃撃戦、無垢な少年との胸痛む絆、危険で勇敢な逃避行、不実な美女とのアバンチュール、欠けたところはひとつもない。ドン・ウィンズロウのエッセンス250パーセントが300ページにぎっしり、こんなお得な本はない。
タイトルに反して、ボビーZになったティム・カーニーの人生は、優雅でもなければ、気怠いなんてとんでもない。だから、ノンストップの物語を駆け抜けたあとで訪れる、ちょっと嘘くさいほどのハッピー・エンドも笑って迎えよう。なにせこれは伝説なのだ。伝説の男ボビーZ、その伝説となった、男の物語なのだから。
五代 ゆう(ゴダイ ユウ)
ものかき
blog: http://d.hatena.ne.jp/Yu_Godai/?_ts=1286988042
読むものと書くものと猫を与えておけばおとなしいです。ないと死にます。特に文字。
〔著作〕
『パラケルススの娘』全十巻 メディアファクトリー文庫/『骨牌使いの鏡』富士見書房
『晴明鬼伝』角川ホラー文庫 等
書評をしていく予定の本:活字中毒なので字ならばなんでも読みます。節操なしです。
どっちかというと翻訳もの育ちですが日本の作家ももちろん読みます。
おもしろい本の話ができればそれでしあわせなのでおもしろいと感じた本を感じたまんまに書いていこうと思います。共感していただければ光栄のきわみです。