田口俊樹

 だいぶまえのことですが、同業者の東江一紀さんと都心を歩いていたら、ちょっと変わったコンビニの看板が眼に飛び込んできました——「本・弁当」。

 思わず苦笑しました。すると、間髪を入れず、当意即妙、東江さんが言いました。「世の中に要らないものと要るものですね」

 確かに。

 被災直後の避難場所に、一万個のおにぎりのかわりに一万冊の本をまず真っ先に送ろうと思った人はいないでしょう。

 先週、夜の銀座に繰り出しました。正確に言うと、サンフランシスコで出版関連会社を経営しているお金持ちの友人のお供で。

 久しぶりの銀座は暗かったです。

 で、そのことを友人に言うと、彼は言いました。「でも、これでもずっとサンフランシスコよりは明るいよ」

 確かに。

 おそらく東京というのは世界で一番明るい都市でしょう。計画停電なるものを経験すると、無駄な明るさに常日頃、いかに慣れきってしまっているか。改めて実感されます。

 一方、二十四時間煌々と明かりが灯っているコンビニが日本の犯罪発生率を抑えるのに貢献している、という調査もあるそうです。

 世の中に要るものと要らないもの——原発、原爆、火事場泥棒が常識のように見える為替相場、一時間目から六時間目まで道徳の授業を受けさせられているようなACのコマーシャル、エリート広報官のかつら、記者の声が聞こえない記者会見、そのことにいつまで経っても無神経な、伝えることが仕事のマスコミ、解説が要る解説者の解説、理屈抜きの自粛ムード、投票したい候補者がひとりもいない都知事選。あと言われないうちに言っておくと、パチンコに競馬に私自身。

 そして、翻訳ミステリー——衣食住にも事欠くところでは、やはり無用の長物でしょう。それでも、やはり要るものです。老荘思想の「無用の用」です。それはもう絶対そうだと私は思っています。

 そうは言っても、こんなことが起こると、どうしてもあれやこれや考えてしまいがちですが。

 でも、そうそう、リビアの内乱がそのうちハリウッド映画にでもなれば、カダフィ大佐はもう絶対トミー・リー・ジョーンズで決まりですね。そんなことも、ま、考えてますけど、私。

(たぐちとしき:ローレンス・ブロックのマット・スカダー・シリーズ、バーニイ・ローデンバー・シリーズを手がける。趣味は競馬とパチンコ)

 横山啓明

 ジム・トンプスン祭りにゲストで来ていただく滝本誠氏が、英国ポップ・アートに関して書き下ろされるらしい。おれにとっては必読だな。B・フェリー、B・イーノ、R・フィリップ、D・ボウイなどに触れられるという。刺激されたおれはCDの山をあさった。で、今、イーノの『ミュージック・フォ・エアポート』を久しぶりに聞きながら、これを書いている。そうそう、バラードの名前もあげておられた。おれはバラードの熱狂的なファンとは言いがたいが、昔はよく読んでいた。イーノの『鏡面界』はまさに『結晶世界』だ。

 さて、ジム・トンプスン祭り、いよいよ来週です。参加されるみなさま、お会いするのを楽しみにしております。

(よこやまひろあき:AB型のふたご座。音楽を聴きながらのジョギングが日課。主な訳書:ペレケーノス『夜は終わらない』、ダニング『愛書家の死』ゾウハー『ベルリン・コンスピラシー』アントニィ『ベヴァリー・クラブ』ラフ『バッド・モンキーズ』など。ツイッターアカウント@maddisco

 鈴木恵

 岩本千綱『シャム・ラオス・安南 三国探検実記』は、明治29年、巡礼僧に変装した著者がインドシナ半島を徒歩で横断したときの記録。ひとつまちがえば命を落としかねない無謀な探検だというのに、どこかちゃらんぽらんな無銭旅行の一面もあり、著者の闊達な人柄をうかがわせる。でたらめなお経をあげては純朴な田舎の人々に食事をふるまってもらうという、タイやラオスの人たちが読んだら気を悪くしそうなところもあるけれど、大判の地図を広げて地形や地名と照らし合わせながら読んでいくのは、時間があるときにしかできない贅沢だ。

(すずきめぐみ:文芸翻訳者・馬券研究家。最近の主な訳書:『ロンドン・ブールヴァード』『ピザマンの事件簿/デリバリーは命がけ』『グローバリズム出づる処の殺人者より』。最近の主な馬券:なし orz。ツイッターアカウント@FukigenM

 白石朗

 親戚のおみやげで、津市の清観堂という和菓子司の焼菓子「不老柿」をいただく。昔懐かしいニッキ味のさくさくとした皮に白あんがよく合った素朴な味で、前から贔屓にしているのですね。仕事のあいまにこの「不老柿」を食べつつ休憩のつもりで読みはじめたデイヴィッド・ゴードン『二流小説家』がなかなかおもしろく、本を閉じられませんでした。ちょっと斜にかまえた主人公の語り口も絶妙。本筋もひねりが効いていて、担当編集者氏はツイッターで“(僕好みの)色物”と評していましたが、“仕掛け”も多いので……いうなれば“色仕掛け”小説(違)。ちなみに主人公とその元恋人の思い出の本はコルタサルの『石蹴り遊び』だそうで……。

(しらいしろう:1959年の亥年生まれ。進行する老眼に鞭打って、いまなおワープロソフト「松」でキング、グリシャム、デミル等の作品を翻訳。最近刊はマルティニ『策謀の法廷』。ツイッターアカウント@R_SRIS

 越前敏弥

 市川崑の〈幸福〉をDVDで観た。封切り当時の劇場版以来だから、約30年ぶり。そのころは浪人中で、「銀残し」なんていうから、画面が銀色にピカピカ光ってるんじゃないかと期待して観にいった記憶がある。

 原作はこの連載でおなじみ、エド・マクベインの八七分署シリーズ『クレアが死んでいる』。水谷豊=キャレラ、永島敏行=クリングというのはまちがえようもないが、そうか、谷啓はマイヤー・マイヤーだったのか(バーンズ警部だとばかり思いこんでいた)。でも、考えてみれば、警部は最後の捜査会議で初登場する「よし、わかった!」の等々力、もとい、加藤武なんだから当然か。

 ところで、谷啓のこの映画での役名は「野呂刑事」。〈プーサン〉をはじめ、市川崑映画では、伊藤雄之助の演じた役はことごとく野呂。金田一シリーズでは、三木のり平の役がほとんど野呂。〈幸福〉で谷啓がどれだけ期待されていたかがわかる。

(えちぜんとしや:1961年生。おもな訳書に『夜の真義を』『Yの悲劇』『ダ・ヴィンチ・コード』など。趣味は映画館めぐり、ラーメン屋めぐり、マッサージ屋めぐり。ツイッターアカウント@t_echizen

 加賀山卓朗

 積んであった『夜も昼も』『暁に立つ』を読む。ジェッシイ・ストーン(+サニー・ランドル)の最終作も、スペンサー最終作も、作者がシリーズの「まとめ」を意識していたように思えてならない。いつもどおりの日課で執筆中に亡くなったということだから、まだまだ書くつもりでいたはずだが、心のどこかに予感めいたものもあったのではなかろうかと。勝手な思いこみですけど。

『暁に立つ』のちょっといい場面から——

「暴飲は初めてじゃない」ジェッシイが言った。「だが、ありがとう。今の俺の財産は、警察官であることだけなんだ」

「署長には私たちがいます」モリイが言った。

「私たち?」

「パラダイス警察。私たち全員。署長の家族のようなものです」

(かがやまたくろう:ロバート・B・パーカー、デニス・ルヘイン、ジェイムズ・カルロス・ブレイク、ジョン・ル・カレなどを翻訳。運動は山歩きとテニス)

 上條ひろみ

 メグ・ガーディナー『心理検死官ジョー・ベケット』(山田久美子訳/集英社文庫)がすごい! 二〇〇九年のエドガー賞最優秀ペーパーバック賞を受賞した作家の新シリーズ第一弾だそうだけど、それ以外の予備知識は何もなしでのぞんだところ、ガツンとやられた。

 まず舞台が群発地震におびえるサンフランシスコだというところ。地震の多い地域なので住民は慣れている様子だけど、それでもみんな身構えながら生活している。地震の怖さを身をもって経験したばかりなので(まあ、東京は震度5強だったけど)、すごくリアルで、ああ、わかる〜、と思った。

自身も悩みを抱え、苦しみもがきながらも、死者の思いに寄り添い、真実を求めて突き進んでいく法精神科医の主人公ジョー(女性です)がまたいい。地震による停電で真っ暗な町で、敵と対決するシーンは圧巻だ。隣人が飼っている迷惑なサルにブチギレるところも人間的で好き。決して肉体派ではないけれど、自身の弱さと向き合い、果敢にまえに進む姿勢に力をもらった。これぐらい強くなりたいものだ。

(かみじょうひろみ:神奈川県生まれ。ジョアン・フルークの〈お菓子探偵ハンナ・シリーズ〉(ヴィレッジブックス)、カレン・マキナニーの〈朝食のおいしいB&Bシリーズ〉(武田ランダムハウスジャパン)などを翻訳。趣味は読書とお菓子作り)

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