20130627043830.jpg 田口俊樹

 去年の暮れのことですけど、私、また振り込め詐欺に引っかかりそうになっちゃいましてね。ええ、二度目です。

 最初のはもう七、八年前になります。話が長くなるんで触れませんが、今回も電話の相手は息子でした。まえのときには、ごめんなさい、ごめんなさいって、わあわあ泣きながらかけてきましてね。息子の泣き声なんか赤ん坊のとき以来聞いたことがなかったんで、ほんと、わからなかったですねえ。ただ、そのときにはたまたま息子がインドをふらふら旅していて、相手がそれを知らず、ことなきを得たんですが。いや、何、息子のあとに弁護士を称する男が出てきましてね。息子が携帯電話をかけながら車を運転して、前方不注意で幼い女の子を轢いちゃった、ってなことを言うわけです。でも、とにかく現地に行かなきゃならないだろうと思って、私、訊きました。「都市はどこですか?」って。息子がインドのどこにいるのかわからなかったんで。相手としてもそういう訊かれ方は想定問答集になかったんでしょうね、一瞬、え? という間があって、そいつが言いました。「調布ですけど」——「馬鹿野郎!!!」と怒鳴って、私、ガチャンって切っちゃいました。いくらかでも心の余裕があれば、面白半分にそのまま続けてもよかったんだけど。余裕、全然なかったですねえ、家人が私の眼のまえに坐って、「詐欺? おれおれ?」ってずっと訊いてたみたいなんですけど、何言ってんだ、この馬鹿女、この大変なときに、みたいに思ってたくらいですから——はい、話、やっぱり長くなっちゃいました。

 お待たせしました、今度のやつに移ります。

 夜中の十一時頃でした。だいたいそんな時間にかけてくること自体、まずないことで、おまけに声もちがう。でも、息子の名を名乗られ、私、信じ込んでしまってるんですね。「どうしたんだ、その声?」なんて訊いちゃってるわけです。すると、「ちょっと思いあたる節があるんだけど、咽喉が異常に腫れちゃってさ」という返事。考えてますねえ、向こうも。さらに電話の用件もそのことで、いい耳鼻咽喉科を知らないかって言うんですよ。息子は結婚して拙宅の近くに所帯を構えてるんですが、でも、いいですか、みなさん、わかります? 変ですよね、夜中にそんな電話。だいたいなんでおれに訊くの? とは思いつつ、まるで疑ってないもんだから、私のかかりつけの医者を教えてやって、きみの妻はどうしてるんだって訊きました。「今、風呂にはいってる」そこで想像力豊かな私が思ったのは、妻に訊かれては困る電話なんじゃないのか、ということでした。これは実は当たってたんですがね。当たっててもなんの意味もないんだけど。

 話が長くなるんで(もう充分長いですけど)あとはかいつまんで言うと——息子の話を要約すると——今日はほんとについてない、咽喉は腫れるわ、財布は落とすわ、携帯は壊れるわってことだったんです。はい、賢明なみなさんはもうおわかりですね、肝心なところはこれ、携帯なんですね。「とりあえず、番号が変わったから」ということで、その番号を教えてくれました。

 人を疑うことを知らず、よく気がまわる私は、翌朝起きた家人がすぐに眼にするように、その番号を書いたメモをキッチンテーブルにその夜のうちに置いておきました。

 さて、翌朝。家人より遅く起き出した私がキッチンテーブルにつくなり、開口一番、家人が言いました。「これ、詐欺じゃないの?」一瞬、私は絶句して思いました。なんて疑り深いひねくれた女なんだ、こいつは。それでも気を取り直して言いました。「あのね、本人が言ってきたんだからね」はい、まだ気づいていません。「とりあえずまえの番号にかけて確かめてみるね」——「かかるわけないだろうが、この馬鹿女」かかりました。

 妻が警察に通報してわかったのですが、こういうすじがきだったようです——咽喉の腫れはストレスによるもので、ストレスの原因は、夫のある女性と妙な関係になってしまい、別れるのに手切れ金が300万円必要になったから……ってなわけ。ほら、当たってたでしょ、妻には聞かれたくない電話だったってところ。それともうひとつ「ちょっと思いあたる節」ってのにも私、いやな想像をしちゃったんですね。さきに書いたように、息子は社会人になるまでよく外国を旅していて、なんか怪しげなタイ人の若い女性なんかと一緒に写ってる写真があったりして、私、息子はよからぬ病気を心配してるんじゃないかと、よからぬ想像をしてしまったのでした。妻に聞かれたくないということとも符丁が合うでしょ? 合ってもしょうがないんだけど。

 いずれにしろ、警察からは、強制はしないが、捜査に協力してくれればありがたいと言われました。そして、その警察との電話の直後、新しい息子の携帯の番号(ほんとはちがうけど)からかかってきました。協力するかどうするかなんてことはまるで考えていなかったので(当然です、私、疑ってもいなかったんだから)家人と、どうするどうする、なんて言ってるうちに電話は切れてしまいました。向こうも感づいたんでしょう。ずっとお話し中だったのに、こっちがすぐには出なかったもんだから。それからはかかってきていません。

 しかし、まあ、なんていい人なんでしょう、私、とは家人にはさすがに言えず、弁解しました。「親というのはいくつになっても子供のことが心配なものなんだよ」って。そうしたらこう返されました。「わたしは子供だけじゃなくてあなたのことも心配よ」

 ぎゃふん。

(たぐちとしき:ローレンス・ブロックのマット・スカダー・シリーズ、バーニイ・ローデンバー・シリーズを手がける。趣味は競馬とパチンコ)

 20130627043831.jpg  横山啓明

生まれてはじめて手術なるものを経験しました。

麻酔を打たれ、頭の隅がなんだかしびれ

てきて心地よい眠りに落ちていくような感じ

がしたかと思うともう意識がないのです。

目覚めた時には、手術は終わっていました。

問題は手術後。痛みで、夜、眠れないのです。うなされま

ました。昼間、少し気分がいい時に読んだ今回の翻訳ミス

テリー大賞の候補作のあの作品、すさまじいDVの場面が悪夢と

なって襲ってくるのでした。いや〜、辛かった……。

(よこやまひろあき:AB型のふたご座。音楽を聴きながらのジョギングが日課。主な訳書:ペレケーノス『夜は終わらない』、ダニング『愛書家の死』ゾウハー『ベルリン・コンスピラシー』アントニィ『ベヴァリー・クラブ』ラフ『バッド・モンキーズ』など。ツイッターアカウント@maddisco

 20130524023841.jpg 鈴木恵

『消されかけた男』『ふたたび消されかけた男』『呼びだされた男』『罠にかけられた男』『追いつめられた男』……といえば、ブライアン・フリーマントルの創造した「どこから見ても風采の上がらない英国情報部員」チャーリー・マフィンが活躍するシリーズですが。先日出た『誰よりも狙われた男』には、どこまで読んでもそのチャーリー・マフィンが登場してこないので、ヘンだなあと表紙をよくよく見なおしたら、フリーマントルじゃなくてル・カレの作品だったんでびっくり!(嘘ですけどね、もちろん)。

 でも、この『誰よりも狙われた男』、チャーリー・マフィンは登場しなくても、ドイツ連邦憲法擁護庁という組織が登場します。あまりなじみのない組織だけど、要するにこれ、国内向けの情報機関なんですね。名前だけ聞くと、憲法のなんたるかをわきまえない政府権力から国民を守るのが仕事みたいな印象を受けますが。初めて知りました。こちらにはほんとにちょっとびっくり。

(すずきめぐみ:文芸翻訳者・馬券研究家。最近の主な訳書:バリー『機械男』 サリス『ドライヴ』など。 最近の主な馬券:なし orz。ツイッターアカウント@FukigenM

  20130912093838.jpg  白石朗

 ただいま雑多なサイズの書類や数字との、年一回恒例の格闘中。何度やっても前例に学びません慣れません。……などという話はともかく、書物を愛している人間のひとりとして、図書館蔵書の毀損が多発しているという最近のニュースには心が痛みます。先ほどテレビで、『アンネの日記』の「訳者あとがき」が破られている映像が流れていました。同書現行版の訳者は「翻訳ミステリー大賞」発起人のひとりであり、わたしたちの大先輩の深町眞理子さんです。著訳者がだれであれ、またどんな内容であれ、公共図書館の本を破壊する行為はひとしなみに許されないことです。しかし、多数の訳書を通じて翻訳小説の楽しさと奥深さを教えてくれた大恩人で、またいくたびか謦咳にも接した方の文章が引き裂かれている光景には、そんな個人的な事情ゆえにひときわ複雑な心境にさせられたことも事実です。一日でも早い解決を望んでやみません。

(しらいしろう:1959年の亥年生まれ。最新訳書はグリシャム『巨大訴訟』、キング『11/22/63』、アウル『聖なる洞窟の地』、グリシャム『自白』、ブラッティ『ディミター』など。近刊はジョー・ヒル『NOS4A2』(仮題)。ツイッターアカウント@R_SRIS

  20131127082907.jpg 越前敏弥

 来週末の福岡読書会(満席)、熊本読書会(まだまだ募集中)に向けて、『動く標的』を約30年ぶりに再読しはじめたところ。ロス・マクって、簡潔でしみ入るような情景描写は中期の『ウィチャリー家の女』『さむけ』(今回の課題書)からだと思いこんでたけど、第1作にしてじゅうぶんにその特徴を具えてるんだな。若いころは感じとれなかった部分に、いまは敏感に反応してるのかも。意外に思われるかもしれないけど、これは中期以降のロバート・ゴダードの文体ときわめて似ている気がする。いずれゆっくり検証しよう。

 早く〈地球防衛未亡人〉を観なくては……

(えちぜんとしや:1961年生。おもな訳書に『解錠師』『夜の真義を』『Yの悲劇』『ダ・ヴィンチ・コード』など。趣味は映画館めぐり、ラーメン屋めぐり、マッサージ屋めぐり、スカートめくり。ツイッターアカウント@t_echizen。公式ブログ「翻訳百景」 )

  20131125095823.jpg 加賀山卓朗

 飲み会で業界の大先輩に、50代は本当に愉しいぞー(あっという間だけど)と言われ、そのときには、どうかなあという感じだったのですが、考えてみれば、自分のほうから愉しくしちゃえばいいんですよね。というわけで、今年は読みたい本しか読まないことにしました。さっそく『砂男/クレスペル顧問官』『写真で見るヴィクトリア朝ロンドンの都市と生活』。どちらも充実。次は『もっと厭な物語』いきます。

(かがやまたくろう:ロバート・B・パーカー、デニス・ルヘイン、ジェイムズ・カルロス・ブレイク、ジョン・ル・カレなどを翻訳。運動は山歩きとテニス)

20131128014219.jpg 上條ひろみ

 ソチオリンピックが終わり、「あまロス」ならぬ「ソチロス」に陥っている人もいるとかいないとか。そういうわたしも、なんとなくテレビをつけているうちについつい見てしまい、寝不足になっていたクチです。

 閉会式直前のアイスホッケーの決勝(カナダ対スウェーデン)を見ていたら、ブライアン・グルーリーの『湖は餓えて煙る』を思い出しました。米国ミシガン州の田舎町で、地元少年アイスホッケー・チームの伝説的コーチの死の謎を、元教え子の新聞記者が調査する話。ピュリッツァー賞受賞経験もある〈ウォールストリート・ジャーナル〉シカゴ支局長の小説デビュー作ですね。アイスホッケーにくわしくないわたしでも、どんどん引きこまれて一気読みした記憶があります。

 日本人選手も活躍したカーリングは、ジョー・ネスボの『スノーマン』で、登場人物のひとりがやっていましたね。こちらはノルウェーのミステリ。

 デンマークの作家クリスチャン・モルクの『狼の王子』は、アイルランドを舞台にした作品ですが、ソチ出身の女の子が出てきます。主要登場人物の恋人で、途中ソチに帰ってしまうんですけどね。

 以上、ソチオリンピック関連でひねり出してみました。どれもおすすめです。「ソチロス」の方もぜひ。

(かみじょうひろみ:英米文学翻訳者。おもな訳書はジョアン・フルークの〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、カレン・マキナニーの〈朝食のおいしいB&B〉シリーズなど。趣味は読書とお菓子作りと宝塚観劇)

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