お待たせしました。夜の更新になってしまってすみません。

今回は、水曜に決定した第2回翻訳ミステリー大賞の話題を中心に。

 田口俊樹

 私の妻の姉の話。

 だいぶまえのことらしいけれど、柏崎の原発見学ツアーに参加したときのこと。

 とにかく警備とか安全対策とか何もかもが厳重だったそうです。

 ちょっと移動するのにも、なにかいろんなものを身につけさせられたんですね。

 それが半端じゃなかった。

 まあ、ツアーの主催者としては、そうやってちゃんとやってるから大丈夫、安全だぞって言いたかったんでしょう。

 で、最後にアンケートが配られ、義姉は書いたそうです——ここまで厳重にやらなきゃいけないんですね。原子力って危険なことがすごくよくわかりました。

 じゃんじゃん。

(たぐちとしき:ローレンス・ブロックのマット・スカダー・シリーズ、バーニイ・ローデンバー・シリーズを手がける。趣味は競馬とパチンコ)

 横山啓明

地下鉄を降り、階段を下って地下通路へ曲がり込む。歩いているのはおれだけだ。青白い蛍光灯に照らされた白い壁には茶色の染みが浮き出し、表面のざらついた感触と相まってまるで抽象画だ。足音が大きく響く。東京の真ん中の無人の空間。なんだか妙に興奮してしまった。どういうわけか、砂漠をはじめて見たときのことを思い出した。まったくなにもないからっぽの世界に圧倒されたものだ。東京の内側に砂漠に通じる空間がポッカリと口をあけている。

さて、第二回翻訳ミステリー大賞が発表されました。『古書の来歴』、おめでとうございます!

(よこやまひろあき:AB型のふたご座。音楽を聴きながらのジョギングが日課。主な訳書:ペレケーノス『夜は終わらない』、ダニング『愛書家の死』ゾウハー『ベルリン・コンスピラシー』アントニィ『ベヴァリー・クラブ』ラフ『バッド・モンキーズ』など。ツイッターアカウント@maddisco

 鈴木恵

西前四郎『冬のデナリ』は、1967年にアラスカのマッキンレー峰冬期初登頂を目指した若者たちの記録。ヒッチハイクのアメリカ人ヒッピーが著者と出会うのどかな幕開けから、暴風吹きすさぶデナリ峠での苛烈なラストまで、ノンフィクションながら小説風に書かれているせいもあり、冒険小説好きなら一気読み必至の名作だと思う。なんと、ギャビン・ライアルの作品(☞これとか)に出てきそうな個人営業のパイロットまで登場する。それぞれの個性でそれぞれの役割を果たしつつ頂上を目指す8人のなかでも、参謀役を務める著者の冷静沈着さがとりわけ印象的。気づいたら朝になってました。

(すずきめぐみ:文芸翻訳者・馬券研究家。最近の主な訳書:『ロンドン・ブールヴァード』『ピザマンの事件簿/デリバリーは命がけ』『グローバリズム出づる処の殺人者より』。最近の主な馬券:なし orz。ツイッターアカウント@FukigenM

 白石朗

 第2回翻訳ミステリー大賞の開票イベント、関係各位をはじめ、みなさまのおかげで無事に終了しました。ここであらためて御礼を申し上げます。受賞作『古書の来歴』はもちろん、惜しくも授賞を逸した最終候補作はどれもそれぞれに美点をそなえ、読み逃すと損をする作品ぞろいですし、当サイトの期間限定企画【第2回大賞私設応援団・候補じゃないけどこれも読め】で紹介されている6作品も要チェック。

 イベント翌日には細野晴臣『HoSoNoVA』、高野寛『カメレオン・ポップ』と、待望の新作アルバムが2枚も届いてさっそく楽しみつつ、来週発売になるスティーヴン・キング『アンダー・ザ・ドーム』をひと足早くゲラでお読みの方の経過報告を各所で拝読。励みになります。ありがとう。

(しらいしろう:1959年の亥年生まれ。進行する老眼に鞭打って、いまなおワープロソフト「松」でキング、グリシャム、デミル等の作品を翻訳。最近刊はキング『アンダー・ザ・ドーム』。ツイッターアカウント@R_SRIS

 越前敏弥

『古書の来歴』の第2回翻訳ミステリー大賞受賞、おめでとう。この作品の原題は”People of the Book”。まさしく、1冊の本にかかわった無数の人たちの人生がたっぷり詰まった作品だが、そのままの訳題(「本の人々」)ではつかみどころがなく、堂々たる風格を具えた邦題はすばらしいと思う。

 今年は『二流小説家』(”The Serialist”)とか、『黒き水のうねり』(”Black Water Rising”)とか、一見原題どおりのようで、そこに絶妙のひとひねりが加わったみごとな訳題が多く、タイトルをながめているだけで楽しい。「二流」とか「うねり」とか、なかなか思いつかないよ。

 わが『夜の真義を』は、原題が “The Meaning of Night”。わたしがつけた仮題は「夜の真義」で、そこに編集者が「を」を入れて決定題となった。この「を」1文字があるだけで、静から動へ転ずるというか、異様な不安が掻き立てられるというか、とにかく、何かどす黒いものに突き動かされる感じが一気に増すんだけど、どうもそれをうまく言語化できなくて……

(えちぜんとしや:1961年生。おもな訳書に『夜の真義を』『Yの悲劇』『ダ・ヴィンチ・コード』など。趣味は映画館めぐり、ラーメン屋めぐり、マッサージ屋めぐり。ツイッターアカウント@t_echizen

 加賀山卓朗

 新国立劇場で『ばらの騎士』を鑑賞。震災と原発事故のせいで主役級4人と指揮者が交替し、総崩れになってもなんの不思議もない公演だった。隣に坐った見ず知らずのご婦人が、開演前に代役表を見ながらひと言、「結局この人たちは逃げたってことですか?」いや、それはまあ……。「名前憶えとかなきゃ」……ひえ〜。

 しかし、そんな不安を吹き飛ばす熱演でした。ばらの献呈の2重唱、最後の3重唱はもちろん、助平男爵のワルツまでちゃんと美しい。いつまでも聴いていたかった。カーテンコールのひときわ大きな拍手にまた感涙。演奏者の皆さん、すばらしい時間をありがとう。

(かがやまたくろう:ロバート・B・パーカー、デニス・ルヘイン、ジェイムズ・カルロス・ブレイク、ジョン・ル・カレなどを翻訳。運動は山歩きとテニス)

 上條ひろみ

 第二回翻訳ミステリー大賞はジェラルディン・ブルックス著・森嶋マリ訳の『古書の来歴』に決まった。森嶋さん、関係者のみなさま、おめでとうございます。

 リアルタイム開票中にわたしのやたらとアツいコメントが読まれてしまってこっぱずかしかったが、わたしがこの本にいたく感動したのは、一冊の本にたくさんの人の人生が関わっているという話だったからだ。

 そう昔ではないのだが、初めての訳書が出たとき、一冊の本にいかにたくさんの人の手がかけられているかに思い至って、なんだかじいんとしてしまった。著者自身と、リーディングと翻訳をしたわたしのほかに、編集者さん、校閲者さん、カバー絵のイラストレーターさん、装丁のデザイナーさん、印刷会社の方、版元の営業さん、平積みにしてくださった書店さん、ポップを作ってくださった書店員さん、そして版権エージェントの方。もっともっといるかもしれない。これだけの人たちが一冊の本を世に送り出したのだ。それってけっこうすごいことだと思う。『古書の来歴』はそのひとりひとりが歴史に翻弄されていくという、もっとずっと壮大な内容ではあるけれど、あのときの感動を思い出させてくれた、わたしにとって大切な本だ。

(かみじょうひろみ:神奈川県生まれ。ジョアン・フルークの〈お菓子探偵ハンナ・シリーズ〉(ヴィレッジブックス)、カレン・マキナニーの〈朝食のおいしいB&Bシリーズ〉(武田ランダムハウスジャパン)などを翻訳。趣味は読書とお菓子作り)

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