ケン・フォレットは一九七八年、二十九歳のときに『針の眼』でデビューして以来、三十三年のあいだに、フィクションを十八作、ノンフィクションを一作上梓しています。それ以前にも、別名義でフィクションを十作、ノンフィクションを一作書いていますが、ケン・フォレットという作家を世に知らしめたのは、やはり『針の眼』ということになるでしょう。

 全作品を紹介するには紙数に限りがあるので、私なりになかでも面白いと感じた数点を取り上げることにします。

 まずはデビュー作の『針の眼』ですが、これは第二次大戦時のイギリスを舞台に、連合軍の上陸地点を探ろうとするドイツのスパイと、それを阻止しようとするイギリス女性を描いて、アメリカ探偵作家クラブ最優秀長編賞を勝ち取り、フォレットを一躍冒険小説界の寵児にのし上がらせた作品です。

 次はやはり第二次大戦に材を取った『レベッカへの鍵』ということになるでしょうか。舞台はアフリカ戦線、コードブック『レベッカ』の謎を追って、ロンメルが送り込んだスパイとイギリス軍将校が一騎打ちを演じ、そこに謎のユダヤ人女性とベリー・ダンサーがからむ物語です。

 この二作はともに、フォレットの特徴の一つと言われる歴史の狭間にテーマを見つけ、そこに”IF”を設定して、現実感のある物語に仕上げられています。

 つづいては『大聖堂』、やはりこれを外すわけにはいかないでしょう。前作を発表したあと、四年の沈黙を破って世に問うたのがこの作品です。舞台は十二世紀までさかのぼり、イギリスの架空の町、キングズブリッジに大聖堂を建てるという半世紀がかりの大事業に取り組んだ人々を描いた作品です。ちなみにフォレットはこの作品について、『針の眼』以前から構想し、温めてきた、矢野浩三郎さんの言葉を借りるなら“虎の子”と位置づけています。また、「自分は歴史小説を書こうとしたのではなく、中世という時代を背景にした冒険小説を書いた」のだとも言っています。

 そして、『大聖堂——果てしなき世界』です。『大聖堂』から十八年を経て、今度は二百年後のキングズブリッジを舞台に設定し、そこで政治と疫病に翻弄されながらも日々を生きていく人々を活写した大作です。

  最後は最新作『巨人たちの落日』、これは一九一一年から一九二四年、第一次世界大戦とロシア革命という、歴史の転換点ともいうべき大事件を挟んだ十三年間の、イギリス、ロシア、ドイツ、そしてアメリカを舞台に、この時代のヨーロッパを横断的かつ俯瞰的に、各国のさまざまな階級の若者を主人公に据えて(フォレットの場合、主人公は必ず一組、あるいは何組かの男女で構成され、常に女性が主導権を握ることになっています)描いた作品です。フォレット言うところの二十世紀をテーマにした“百年三部作”の第一作で、来年(2012)には早くも本国で第二作が刊行されることになっています。ジャンルを問わない稀代の大型ストーリイ・テラー、フォレットのことです。期待を裏切らない、読み応えのある大長編に仕上げてくれるでしょう。どうぞ、お楽しみに。

ケン・フォレット公式サイト http://www.ken-follett.com/

戸田裕之(とだ ひろゆき)1954年島根県生れ。早稲田大学卒業後、編集者を経て翻訳家に。訳書に、フリーマントル『片腕をなくした男』、フォレット『大聖堂—果てしなき世界—』『巨人たちの落日』、ミード『雪の狼』、アナンド『小さな命が呼ぶとき』、アーチャー『遥かなる未踏峰』『15のわけあり小説』など。

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