田口俊樹

 動物は、ケニアの国立公園まで行っちゃうほど見るのは好きなんですが、ただ見るのが好きなだけでね。ほんとうの動物好きではありません。しかも私、どっちかというと犬派。

 にもかかわらず、この猫本、とってもよかったです。

『田舎暮らしの猫 トビー・ジャグと過ごした英国の四季』(デニス・オコナー著 マクマーン智子訳 武田ランダムハウスジャパン刊)。

 この手の本のことはよく知らないけど、言いたいことは「わたしの何々ちゃんはこんなに可愛いのよ」だけみたいな本が多そうな気がします。でも、そこがこの本はちがうんですね。老教授が若い頃を振り返っているせいでしょうか、「可愛さ」を描く筆致に抑制が利いていて、そこが凡百の猫本ときっぱり一線を画しているはずです。

“愛情表現の表現”ってそもそもむずかしいものです。書く者の愛が偽物だったら、そんなもの読む者の心に届くわけがありませんが、たとえ本物でも表現が過剰になってしまったら、読む者はシラけるだけです。勝手にやってろ、みたいなもんですよね。そのあたりの匙加減がこの本は絶妙なんです。また、イギリスのそこそこ豊かな四季を描く筆も、実に率直で気負いがなく、読んでいて気持ちがいいです。

 実はこの本、私が講師をしている翻訳の専門学校「フェロー・アカデミー」が主催した“出版企画持ち込みコンテスト”の受賞作で、そのコンテストの審査員が私だったりするんで、結局のところ、紹介もかねた宣伝だったんですけど、でも、まあ、騙されたと思って読んでほしいな。

 犬派にも猫派にもお勧めです。

(たぐちとしき:ローレンス・ブロックのマット・スカダー・シリーズ、バーニイ・ローデンバー・シリーズを手がける。趣味は競馬とパチンコ)

 横山啓明

 子供たちは夏休み。夏休みといえば、自由研究。泣かされたね、これには。

「主婦の一日」のようなものまとめて、発表したのを覚えている。ようするに母親の一日の行動を観察して、なにやら屁理屈を並べたてたのだった。

なんでそんなことを研究テーマにしたのか、今はもう覚えていない。

 さて、アメリカにもサイエンス・フェアといって、これと似たようなものがある。今、推敲中のノンフィクションが、このサイエンス・フェアにからむ人間のドキュメントだ。

 子供の自由研究で、人間ドキュメント? ちょっと大げさすぎない? とんでもない。アメリカのサイエンス・フェアは、規模、研究の質ともに日本の自由研究とは雲泥の差がある。サイエンス・フェアで優勝すると、人生が変わってしまうほどなのだ。

 このドキュメントに登場するのは、中学生から高校生までの10代の若者たちだが、大学教授も舌を巻くほどの研究をしてしまうのだ。しかも、彼らが研究をはじめた動機がおもしろい。

 極貧の生活をなんとかしたくて、ものすごい発明をしてしまう子、自閉症の従姉妹と話をしたい一心から、画期的な研究をした少女……あげていけばきりがない。

 アメリカのサイエンス・フェアの参加者は、まずは学校、それから街、街から州、州からアメリカ全土、アメリカ全土から国際大会へと、勝ち進んでいくことになる。要するにすぐれた研究を吸い上げていくシステムができあがっているのだ。

 しかもそのつど賞金が出て、国際大会ではン百万円という額にもなる。賞金以外にもいろいろなメリットがあり、これはやる気が出て当たり前だ。

 日本でも理科離れが問題にされているけれど、それなりの見返りがないとモチベーションはあがらないのではないか。

 さて、このノンフィクション、年内に書店に並ぶ予定です。

(よこやまひろあき:AB型のふたご座。音楽を聴きながらのジョギングが日課。主な訳書:ペレケーノス『夜は終わらない』、ダニング『愛書家の死』ゾウハー『ベルリン・コンスピラシー』アントニィ『ベヴァリー・クラブ』ラフ『バッド・モンキーズ』など。ツイッターアカウント@maddisco

 鈴木恵

アーバン・ウェイト『生、なお恐るべし』(拙訳・新潮文庫)が発売になりました。著者はエルロイのエージェントに見出されたという逸材で、これがデビュー作。ありがちな犯罪の裏に深い人間ドラマが隠れていることを教えてくれるクライム・ノヴェルです。主人公は自分の人生が失敗だったことを心の隅で認めながら生きている男。「おれはもう五十四だ、約束なんかするには歳を食いすぎてる」という台詞が心にしみます。あらすじは→こちら

(すずきめぐみ:文芸翻訳者・馬券研究家。最近の主な訳書:『生、なお恐るべし』『ピザマンの事件簿2/犯人捜しはつらいよ』『ロンドン・ブールヴァード』。最近の主な馬券:なし orz。ツイッターアカウント@FukigenM

 白石朗

 上田公子さんの訳書に初めてふれたのはケンリックの一連の作品だった。電車で笑いをこらえきれなかったこともある。トゥロー『推定無罪』でリーガル・サスペンスに注目があつまったのは上田さんの訳業あってこそだろう。そしてもちろんデミル『プラム・アイランド』『ゴールド・コースト』。上田さんは2000年に翻訳から引退、縁あって前者の続篇『王者のゲーム』の翻訳をまかされた。作業中は目が原書とPCの画面と上田さんの訳書を巡回していたように思う。おこがましくなるが、全体を貫くトーンと呼吸の名人芸をわずかなりとも吸収したかった。そして、しなやかで滋味と切れ味をともにそなえた文章から自然にかもしだされるユーモア。陋見だが、人によって感覚が大きく異なる笑いの翻訳はむずかしい。しかし参考のつもりでめくっている『プラム・アイランド』には、笑いを誘われっぱなしだった。『アップ・カントリー』翻訳中には『将軍の娘』。そして今年前半はやはり感嘆しながら『ゴールド・コースト』の頁を繰りつつPCにむかう毎日だった。この作品の続篇『ゲートハウス』(仮題)を訳していたからだ。拙訳はまもなく刊行される。ご存命のうちにお届けできなかった非力が悔やまれる。

(しらいしろう:1959年の亥年生まれ。進行する老眼に鞭打って、いまなおワープロソフト「松」でキング、グリシャム、デミル等の作品を翻訳。最新訳書はキング『アンダー・ザ・ドーム』。ツイッターアカウント@R_SRIS

 越前敏弥

 わたしが管理者をつとめる6語の短詩six wordsのツイッターアカウント@sixwordsjpで、今月から月別のテーマごとの投稿を募っている。7月のテーマは「この10年」。『SIX-WORDS たった6語の物語』のあとがきでは、翻訳者としてのこの10年を “Wondering and wandering between two languages.”と表現したが、この1年だと”I want two bodies! No, three!”かな。

 海外ミステリーでも6語のタイトルがないかと考えたんだけど、ずいぶん長い印象のものでも4語や5語で、6語というのはなかなか見つからない。そう言えばヴァン・ダインのファイロ・ヴァンス・シリーズが全部——と思ったけど、あれは6語じゃなくて6字ですね(ほぼ全作が”The ×××××× Murder Case”)。

 そんなわけで、どうまとめようかと思案していたとき、わが熱愛のシリーズのあれが6語だということに思いあたった。アシモフの『黒後家蜘蛛の会』シリーズで、毎回ホストがゲストに尋問をはじめるときの、あの強烈な名台詞「あなたは何をもってご自身の存在を正当となさいますか」——”How do you justify your existence?”。あ、そうそう、The Return of the Black Widowers はいつ翻訳刊行されるんだろうか。 

(えちぜんとしや:1961年生。おもな訳書に『夜の真義を』『Yの悲劇』『ダ・ヴィンチ・コード』など。趣味は映画館めぐり、ラーメン屋めぐり、マッサージ屋めぐり。ツイッターアカウント@t_echizen

 加賀山卓朗

 26日(水)。別の空港のように様変わりした成田から、中国語の字幕の出る映画(いつから?)を見ながらサンフランシスコ、そのあとプロペラ機に乗ってサクラメントへ。

 今日はいよいよ、大昔にアンセル・アダムズの写真で見て以来の憧れの地、ヨセミテ国立公園に向かいます。

(かがやまたくろう:ロバート・B・パーカー、デニス・ルヘイン、ジェイムズ・カルロス・ブレイク、ジョン・ル・カレなどを翻訳。運動は山歩きとテニス)

 上條ひろみ

 某出版社で雑誌の編集アシスタントをしていたときのこと。

 読者のおたよりコーナーで、投稿者(年配の男性)のお名前の文字をまちがえて載せてしまい、あわててお詫びのお手紙を出しました。するとすぐに、ご丁寧に恐れ入りますというお葉書が。お葉書には、差出人のわたしに対して「妙齢の女性とお見受けする」とも書かれていました。

 お恥ずかしい話ですが、そのときまでわたしは「妙齢の」とはなぜか「年をとって落ちついた感じ」だと思っていて、褒められたような落とされたような、微妙な気分になったものです。

「妙齢な」とは「うら若い」という意味だったのですね。あ、もちろんすぐに辞書を引いて納得しましたよ。

当時すでにかなりトウが立っていたわたしとしては、よろこんでよかったわけですが、よく考えてみると、わたしの手書きの手紙の文章が拙く、文字も大人が書いたようには見えなかったということでもあるので、やっぱりイタイってことですよね。若いのにしっかりしている、と褒めてくれたんだろうとむりやり前向きに解釈しましたが。

 ことほどさように、女性の年齢に対するコメントはむずかしいのですよ、男性のみなさま。って、わたしが勘ちがいしてただけなんですけど。

(かみじょうひろみ:神奈川県生まれ。ジョアン・フルークの〈お菓子探偵ハンナ・シリーズ〉(ヴィレッジブックス)、カレン・マキナニーの〈朝食のおいしいB&Bシリーズ〉(武田ランダムハウスジャパン)などを翻訳。趣味は読書とお菓子作り)

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