甘いものはお好きですか?

 ではつぎのうち、いちばん好きなのはどれ?

  1. チョコチップ・クッキー
  2. ストロベリー・ショートケーキ
  3. ブルーベリー・マフィン
  4. レモンメレンゲ・パイ
  5. ファッジ・カップケーキ
  6. シュガークッキー
  7. ピーチコブラー
  8. チェリー・チーズケーキ
  9. キーライム・パイ
  10. キャロットケーキ
  11. シュークリーム
  12. プラムプディング
 そう、ジョアン・フルークのお菓子探偵ハンナ・スウェンセン・シリーズのタイトルに出てくるスイーツを順にあげてみました。
 うーん、これだけ甘いものがいっぱいあると目移りしちゃう、というあなた! デザートバイキングだと思って、全部食べてもいいんですよ! 十二個ぐらい軽いでしょ?
 というわけで、現在のところハンナシリーズは十二作目の『プラムプディングが慌てている』まで翻訳にこぎつけました。原書はこのあとアップルターンオーバー、デビルズフードケーキと十四作目まで出ています。タイトルにキャンディケーン、ジンジャーブレッドクッキーがつく二編の中編もあります(ジョアン・フルーク、ローラ・レヴァイン、レスリー・メイヤーによるクリスマスアンソロジー、Candy Cane Murderと Gingerbread Cookie Murder に収録)。

 で、よく質問されるのが、「どれがおすすめ?」ということ。そりゃまあできれば一作目の『チョコチップ・クッキーは見ていた』から読んでいただくのが好ましいのですが、どれも一話完結だし、メインの登場人物にそれほど大きな変化はないので、それこそ好きなスイーツを選んで読んでも全然オッケー。「いちげんさん」大歓迎のシリーズなのであります。(編集部註:「いちげんさん」については、矢口誠氏のこの文章をご参照ください)

 そもそも、最初のうちこそ主人公のハンナは二十九歳という設定になっていましたが、妹のアンドリアが第二子を妊娠・出産し、第一子のトレイシーがプリスクールから小学校内のキンダーに進んだほかは、みんなそんなに変わってなくて、年齢の話じたいあんまり出てこなくなってるんですよね。どうもゆるやかに「サザエさん」化してきているようです。なので、どこから読んでも大丈夫。
 実はこのシリーズ、最初は六作の契約だったらしいのですが、それが延長になったようで、息の長いシリーズにする試みとしてそうなったのかも。フルークさん、毎回謝辞で、「つづけさせてくれてありがとう!」と版元に感謝してますから。
 まあ事情はどうあれ、シリーズが長くつづいてくれることは読者にとっても訳者にとってもありがたいこと。章のあいだにはさむ形で毎回十〜十五種類紹介されるレシピも、読者から続々と送られてくるので、こちらもネタ切れになることはなさそうです。

■とはいえ、どれを読んでも楽しめるように、基本設定をおさえておきましょう。

 舞台はミネソタ州ウィネトカ郡レイク・エデン。冬は零下三十度以下になることもある田舎町。フルークさんがかつて住んでいたミネソタ州の小さな町をモデルにして作られたという架空の町です。
 主人公のハンナ・スウェンセンは、父親の死をきっかけに(ちょうど恋人と別れたこともあって)英文学の修士課程をあきらめ、大学院を辞めて母と妹たちが住む故郷レイク・エデンでクッキーショップ〈クッキー・ジャー〉をオープン、店は地元民の社交場になっている。かなりの長身で髪は赤毛。いうことをきかないカーリーヘアがトレードマーク。美人で小柄でスタイルのいい母や妹たちと自分を比べて暗くなることもある(ハンナだけ父親似)。正義感が強く、かなり真面目な性格。オレンジと白の雄猫モシェと暮らしている。
 すぐ下の妹アンドリアは高校卒業後、同級生のビルと結婚して、長女トレイシーを出産(第一作ではトレイシーは四歳)、その後第二子を妊娠、六作目の『シュガークッキーが凍えている』で次女ベサニーを産む。やり手の不動産エージェントで、料理が大の苦手。性格はかなり天然。夫のビルは保安官事務所勤務。
 いちばん下の妹ミシェルは大学生(専攻は演劇)。活動的で恋多きイマドキの女の子。ルックスはアンドリア似だが、ハンナと同じ料理上手で、けっこう大胆な性格。イベントがあるとレイク・エデンに帰省する。
 三姉妹の母ドロレスは小柄でスタイル抜群、一分の隙もない装いがトレードマーク。お嬢さま育ちで料理はほとんどしない。町のあらゆるサークルに所属していて、趣味はリージェンシー・ロマンスを読むこと。趣味が高じて自分でも執筆、第十一作の『シュークリームは覗いている』ではロマンス作家デビューを果たす。第四作『レモンメレンゲ・パイが隠している』で、友人のキャリーとともにアンティークショップ〈グラニーズ・アティック〉をオープン。早朝ハンナに電話をする癖があり、ハンナの飼い猫モシェに嫌われている。
 以上の面々に友人、夫、恋人たちが加わった「拡大家族」が、殺人事件に取り組むわけですが、その過程でちょっぴりギクシャクしていた姉妹・母娘間の関係もいい感じになっていきます。

■つぎにおさえておきたいのが、ハンナの恋人事情。

 第一作でふたりの恋人候補が登場するのですが、そのふたりとハンナの三角関係(の進展具合)が、謎解きとならんでシリーズのもうひとつの柱になっています。
 まずはノーマン・ローズ。レイク・エデンで開業する歯科医。ドロレスの友人キャリーの息子で、母に紹介されたときは、かなり年上で見た目もいけてないのでハンナとしては微妙だったが、友だちとしてつきあううちに、おだやかでやさしく、いっしょにいてほっとする人だと気づく。ユーモアのセンスがあり、ハンナとはなにかと波長が合う。
 もうひとりはマイク・キングストン。ミネアポリス市警からウィネトカ郡保安官事務所にやってきた長身でたくましいイケメン刑事。ミネアポリス市警時代に妻と死別している(ギャングの銃撃戦の流れ弾に当たって亡くなった妻は妊娠中だった)。警察の規則にうるさく、やや空気を読めないところあり。ナイスバディの美女に弱い。でもハンナはマイクといっしょにいると心臓がバクバク。
 ハンナとしてはどちらもそれぞれに魅力的に思えるので、べつにどちらかに決めなくてもいいだろうと、友だちとしてふたりとつきあっていくのですが、ノーマンとマイクの微妙な恋のかけひきもあったりして、どうなるの?と毎回はらはらさせてくれます。第七作の『ピーチコブラーはうそをつく』ではちょっとびっくりの展開もあって、訳者にとってはかなり印象的でした。


 わたしのまわりではノーマン派が多いのですが、マイク派もちらほら。自分だったらどっちを選ぶかな〜と思いながら読むのも愉しいと思いますよ!
 飼い猫モシェも、ハンナにとっては大きな存在です。片目が見えず、耳のいっぽうがちぎれている野良猫をハンナがふびんに思い、ルームメイトにしてめいっぱい甘やかしたため、すっかり貫禄のあるわがまま猫になってしまったモシェは、ハンナが帰ってくると飛びついて歓迎するかわいい相棒。毎回奇妙な行動でハンナを悩ます憎めないやつで、ときには事件解決のヒントをくれることも。特技はドロレスからの電話を察知すること(ベルの音を聞いただけで毛が逆立つ)。そんなモシェにアラサー独身のハンナは癒されまくりです。モシェがノーマンにもマイクにもなついているせいで、ハンナもどちらか一方に決められないのかも。

■あと、忘れちゃいけないのがレシピ。

 手間がかかるものもありますが、簡単そうなのを選んで、作ってみることをおすすめします。クッキーは材料を混ぜて焼くだけなので、たいてい簡単です。
 注意点としては、量が多いので、レシピの半分もしくは四分の一の量で作ること。砂糖の量も日本人にはかなり多いので、少なめにすること。それでもちゃんとうまくできます。手にはいりにくい食材は似た感じのもので代用してください。チョコチップ・クッキーも、チョコチップがないときは板チョコを細かくして使えば大丈夫。とかしてしまうレシピなら、〈ギラデリ〉のチョコでなくてもガー○チョコとかでOKです。
 最近作ってみて感動したのが『プラムプディングが慌てている』収録のチョコレート・ラズベリー・トリュフ。チョコレートとラズベリージャムをボウルに入れて混ぜながら湯せんにかけ、冷めたらまるめてココアパウダーをまぶすだけ。レシピではチョコチップと種のないラズベリージャムを使えと書いてありますが、普通の板チョコと普通の種入りラズベリージャムで充分。うそみたいに簡単なのに、高級トリュフのような驚きの食感です。ぜひお試しあれ。
 ところで、このシリーズのタイトル、いつも編集者さんがうーんうーんと考えてつけてくださっているのですが、『チョコチップ・クッキーは〜』『ストロベリー・ショートケーキが〜』という具合に、奇数巻は助詞が「は」、偶数巻は「が」だって気づいてました? だからなんだというわけではないのですが、ちょっとした豆知識でした。
 ジョアン・フルーク入門といいつつ、ハンナシリーズ入門になってしまいました。十二巻も出てるんじゃ敷居が高いわと思っていたあなた! まったくの杞憂です。興味を持ったかたはぜひ手に取ってみてくださいね。
 楽しくて親しみやすいお話なので、中高生にもおすすめ。レシピにチャレンジしました!なんて「読書探偵」に報告していただけるとすごくうれしいです。

上條ひろみ(かみじょうひろみ)神奈川県生まれ。ジョアン・フルークの〈お菓子探偵ハンナ・シリーズ〉(ヴィレッジブックス)、カレン・マキナニーの〈朝食のおいしいB&Bシリーズ〉(武田ランダムハウスジャパン)などを翻訳。趣味は読書とお菓子作り

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