20110910144630.jpg 田口俊樹

 たまには景気のいい話を。

 これまで翻訳で一番儲けた翻訳者は誰か。

 私、こういう下世話な話が大好きなんですが、翻訳を始めた三十数年前、年長の編集者から教えられたのは、皆藤幸蔵さんでした。

 言われて、なるほどと思いました。だって当時、聖書に次ぐ世界的ベストセラーなんて言われてた『アンネの日記』を訳されたんですからね。荻窪のご自宅は長らく“アンネ御殿”などと呼ばれていたそうです。

 それも今は昔、景気の悪い昨今となると、誰か?

 これが思わぬところにいたんですね。私の競馬仲間の中に。

 数独で知られるパズル会社『二コリ』の社長、Kさんその人です。

 このKさん、実に不思議な人で、ちょっと喩えようがないんだけど、とにかく人を惹きつけるオーラ出まくりで、当然のことながら、憎たらしいほど女にもてる。もう還暦のくせして。阿川佐和子がやってた「週刊文春」の対談にも出たことがあって、阿川佐和子女史をして、これまで対談をした男性の中で一番男の色気を感じた人、とまで言わしめるんだもんね。だから、こんな男とクラブなんかに行った日にゃ、あなた、こっちはいい面の皮です。ホステス嬢の応接がまるでちがうんだもん。私みたいなただのおやじとは天と地の開きというか、霄壤の差というか、若大将と青大将というか(古い?)。だから、くそ、私はこんな男とはもう二度と行くもんかと思ってるんだよ、きみ、ほんとの話。

 ええっと、話を戻すと、Kさん、“数独の父”ってことで(あちらの新聞にはほんとに“The Father of Sudoku”って書いてある)実は日本より海外で有名人で、「ニューズウィーク」誌の表紙を飾りかけたこともあるほどなんです。で、Kさんのカリスマ性と数独のおかげで会社も儲かり、ご本人も三鷹に“数独御殿”を建てちゃったりもしたんですが、さて、そんなKさんと翻訳、どこに接点があるのか。これが大ありなんです。

 “数独の父”なんて呼ばれてますが、数独そのものはKさんの発明でもなんでもない。もともと Number Place といってアメリカにあったもので、日本でも“ナンプレ”なんて呼ばれて今もあります。その同じものをKさんはただ“数独”と訳しただけなんですよ、早い話。Number Placeを“数独”と訳すのは、まあ、凡百の翻訳者にはできない技ではありますが。

 しかし、それでもって、あなた、世界のセレブ、三鷹に御殿ですよ。たった二語を訳しただけで。ぶっちゃけ一語ウン十憶円ですよ。

 実は私、初めての上中下本、原稿用紙3000枚の拙訳が今月出るんですが、Kさんの例をあてはめると、たぶん初版だけで印税が百兆円ぐらいになるんじゃないでしょうか。百兆円儲かったら、町内に特上寿司を配って、ついでに思いきって0・2カラットぐらいのダイヤの指輪を古女房にプレゼントしてやってもいいな。

 ね、景気のいい話だったでしょ? あれ、気のせい?

(たぐちとしき:ローレンス・ブロックのマット・スカダー・シリーズ、バーニイ・ローデンバー・シリーズを手がける。趣味は競馬とパチンコ)

  20111003173346.jpg  横山啓明

酒を飲み過ぎると、眠りが浅くなるようで、

朝起きてもやたらと眠い。

頭のなかに膜がかかったようになって、

まともに働かない。

まずいよな、これ。きっと脳細胞、

死んでるよ。

だから、酒やめます!

なんて言えないところが、情けない。

ということで(って全然関係ないけれど)、

ローレンス・ブロック、

スカダーもの新作 A Drop of the Hard Stuff

では昔のアルコールとの戦いを描いているそうです。

長屋の住人が翻訳中なのかな?

早く読みたいですね。

(よこやまひろあき:AB型のふたご座。音楽を聴きながらのジョギングが日課。主な訳書:ペレケーノス『夜は終わらない』、ダニング『愛書家の死』ゾウハー『ベルリン・コンスピラシー』アントニィ『ベヴァリー・クラブ』ラフ『バッド・モンキーズ』など。ツイッターアカウント@maddisco

20110819080047.jpg 鈴木恵

新刊本をせっせと読んでいるあいだに、ちょっと古い翻訳ミステリーを薦められて読んだのだが、これがびっくりするほど面白かった。スティーブン・ドビンズ『奇妙な人生』(瓜生知寿子訳/扶桑社ミステリー/1994年)。4人の男が定例の食事会に集まって話をするうち、それぞれが秘めていた過去がしだいに明らかになるという物語で、どこかプリーストリーの『夜の来訪者』を連想させる内容ながら、もっとエロチックでどぎつい。ドビンズといえば「サラトガ」シリーズしか読んだことがなかったので、その落差にびっくり。古書店で見つけたら迷わず「買い」ですよ、みなさん! 桜庭一樹さんの読書日記でも紹介されてます→こちら。 

(すずきめぐみ:文芸翻訳者・馬券研究家。最近の主な訳書:『生、なお恐るべし』『ピザマンの事件簿2/犯人捜しはつらいよ』『ロンドン・ブールヴァード』。最近の主な馬券:なし orz。ツイッターアカウント@FukigenM

  20111003173742.jpg  白石朗

 お世辞にも上手ではありませんが、天候がよくて空いている道なら、車の運転はそこそこ好きです。当たり前ですが運転中は運転のことしか考えないので、リラックス効果もあるような気がします。とはいえ、仕事がらみのことが頭の奥からひょっこり顔を出すこともたまにはあります。

 前夜わからなかった一節の謎が解けたり、しっくりこなかった訳語のましな代替案を思いついたり……といった、みなさんにありがちな経験はあまりなくて、提出ずみの原稿やゲラの不備に遅まきながら気づくことのほうがずっと多い。つぎの休憩時に携帯で自分あてに備忘録メールを送って(でないと忘れる)、ことなきを得たこともあります。

 しかし、先日は焦りました。朝から運転しどおしで夕方に自宅最寄りの高速出口にさしかかったとき、既刊書のあとがきで事実誤認をやらかしたかもしれない、と突然不安になったのです。たちまち背中にじっとり脂汗。帰宅後とるものもとりあえず問題の本と資料をつきあわせました。結果はただの勘ちがい、事実に即した記述だったので、ほっと胸を撫でおろしました。ただ、それまでの10分に満たない運転は緊張の連続。幸いなにごともなく帰りついたのですが、うっかり事故を起こすのはこういう場面かと深く納得した次第。心おきなく運転を楽しむには、日ごろの下調べと確認が大事なようです——って、当たり前のはなしですが。

(しらいしろう:1959年の亥年生まれ。進行する老眼に鞭打って、いまなおワープロソフト「松」でキング、グリシャム、デミル等の作品を翻訳。最新訳書はキング『アンダー・ザ・ドーム』、近刊はデミル『ゲートハウス』。ツイッターアカウント@R_SRIS

20111003174217.jpg 越前敏弥

 スティーヴ・ハミルトンの今年度MWA(アメリカ探偵作家クラブ)最優秀長編賞受賞作 “The Lock Artist” を鋭意自主監禁ウルトラ超特急翻訳中。第15号に「来春刊行予定」と書きましたが、なんと今年じゅうに出るそうです。は、はい、予定より早く刊行していただけるのは、た、大変うれしいです。

 来週にはCWA(英国推理作家協会)各賞の発表もあり、そちらのゴールド・ダガー(最優秀作品賞)にもノミネートされています。ダブル受賞となると『ラスト・チャイルド』以来となりますが、はたしてどうか。発表は11日(木)。

 ところで、この “The Lock Artist”、タイトルからもわかるように「鍵師」の話です(ただし、主人公はこのことばから連想されるシブ〜いおっさんではなく、恐ろしくピュアで繊細な若者)。で、全編に錠前破りの事細かな描写が満載で、あれこれ調べているうち、なんか、わたくし、そっち方面のテクニシャンになっちまうかも。この前は図書館へ行ってピッキングの本ばかり5冊ほど借りたら、司書のお姉さんに思いっきりガンつけられちゃって……

(えちぜんとしや:1961年生。おもな訳書に『夜の真義を』『Yの悲劇』『ダ・ヴィンチ・コード』など。趣味は映画館めぐり、ラーメン屋めぐり、マッサージ屋めぐり、スカートめくり(冗談、冗談)。ツイッターアカウント@t_echizen

20111003174437.jpg 加賀山卓朗

 週刊新潮のかたから、トム・ロブ・スミスくんと富士山に登ったときの写真が送られてきた。ありがとうございます。

 あれからはや1カ月。は〜……じつにゴージャスな天気と景色だったけど、しんどかった。やはり若さですかね、登るのが速い速い。休憩しているところへ私たちが追いつくと、じゃ、とばかりにまたすいすい駆け上がっていく。ロンドンの霧のなかに消えていくポーの一族のような……妄想しすぎだろ。本場のアルプスはもちろん、モロッコやネパールの山にも出かけているそうなので、スケールがちがいます。いずれ日本や富士山を題材にして『エージェント6』のように大きな話を書いてくれるとうれしい。

 こんなときにはるばる来日してくれた、そのことだけでも心の温かい人ですね。トークショー&サイン会の模様はこちら

(かがやまたくろう:ロバート・B・パーカー、デニス・ルヘイン、ジェイムズ・カルロス・ブレイク、ジョン・ル・カレなどを翻訳。運動は山歩きとテニス)

20111003174611.jpg 上條ひろみ

 昨年の猛暑の影響で、このところバターが品薄のようです。わが家ではお菓子をよく作るので、バター、小麦粉、砂糖はいつも多少多めに買い置きしていますが、しばらく手にはいらなくなるのかもと思うと、大量のバターを使うのはちょっと躊躇してしまいます。でもこの夏は仕事がらみのクッキーの試作(これも翻訳者の仕事なんです!)でずいぶんバター使っちゃたなあ。小麦粉なども値上がりするそうで、ケーキ屋さんはもちろん、コージー翻訳者にも打撃です〜。これからクリスマスケーキのシーズンになるのに……。

 一方で、バターやチーズや加工肉が使われている食品に「脂肪税」がかけられることになった国もあるとか。バターたっぷりのお菓子やお料理が楽しめて、摂取脂肪分ゼロの翻訳ミステリーがあってよかった! ええ、思いっきり手前みそです。

 最近読んだ本では、ローレンス・ブロックの『殺し屋 最後の仕事』がピカイチでした。殺し屋ケラー、最後までプロフェッショナルな仕事ぶりで魅せてくれますが、移動中はたいていハンバーガーなどを食べているようなので、トランス脂肪酸の過剰摂取が心配です。

(かみじょうひろみ:神奈川県生まれ。ジョアン・フルークの〈お菓子探偵ハンナ・シリーズ〉(ヴィレッジブックス)、カレン・マキナニーの〈朝食のおいしいB&Bシリーズ〉(武田ランダムハウスジャパン)などを翻訳。趣味は読書とお菓子作り)

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