田口俊樹
先日、堅実な経営でつとに知られるH川書房の会費制でないK賞授賞パーティに招待され、わが耳を疑い、びっくり仰天して(他意はありません)いそいそと出かけてきました。
会場にはいってまたびっくり。参加者がおじいさんばっか。もちろん、人のことは言えないんですがね。
でも、久しぶりに顔を合わせた書評家のM橋さんも同じことを思ったらしく、「頭の白い人が多いですねえ。これが翻訳界の現状?」なんておっしゃる。
で、ひょいと見上げると、私より若いご本人も真っ白。ふうん(訳注、“勝った!”の意もある)。
そういう観点でまわりを見渡すと、しばらく見ないうちに薄くなっておられる方や、その、なんというか、もっといっちゃってる方々がここにも、あ、あそこにも。ほうほう(訳注、同上)。
というわけで、理由はよくわからないのですが、おじいさんばっかのわりにはなんだか馬鹿に愉しいパーティでした。
(たぐちとしき:ローレンス・ブロックのマット・スカダー・シリーズ、バーニイ・ローデンバー・シリーズを手がける。趣味は競馬とパチンコ)
横山啓明
10月も下旬。早いですね。
そろそろ翻訳ミステリー大賞の季節です。
今年も良い作品が多く、さて、
なにを選びましょうか。未読の本も
まだあるし。
前回、大賞に輝いた『古書の来歴』、これはイタリアへ行ったときに持っていき、
偶然にもヴェネチア滞在中に
ヴェネチアの章を読んだのです。
驚きました。小説の舞台はユダヤ人ゲットー
なんですが、なんと宿泊していたのが、
そこだったのです!
小説の世界と今いるところがシンクロしている!
小説の中に入り込んだようにヴェネチアの
街を歩きました。
ちょっとクラクラしましたね。
(よこやまひろあき:AB型のふたご座。音楽を聴きながらのジョギングが日課。主な訳書:ペレケーノス『夜は終わらない』、ダニング『愛書家の死』ゾウハー『ベルリン・コンスピラシー』アントニィ『ベヴァリー・クラブ』ラフ『バッド・モンキーズ』など。ツイッターアカウント@maddisco)
鈴木恵
一度だけ時間をさかのぼれるとしたら、いまはもうなくなってしまった郷里のあの小学校の図書室に行きたい。もう一度あの部屋のにおいに浸りながら本を手に取って、懐かしい表紙や挿絵をながめたい。つねづねそう思っていたので、平凡社から『少年少女 昭和ミステリ美術館』(森英俊・野村宏平編著)という本が出ると聞いてわくわくしている。数十年ぶりに、一部とはいえあの本たちと再会できるのだ。こっちはすっかりオッサンになっちゃったけど、むこうはあのときのまま。本日発売の由。
(すずきめぐみ:文芸翻訳者・馬券研究家。最近の主な訳書:『生、なお恐るべし』『ピザマンの事件簿2/犯人捜しはつらいよ』『ロンドン・ブールヴァード』。最近の主な馬券:なし orz。ツイッターアカウント@FukigenM)
白石朗
2011年のブッカー賞はジュリアン・バーンズの The Sence of an Ending が受賞しました。バーンズといえばアーサー・Kやスティーヴンやジョンが似あう白石も、『フローベールの鸚鵡』『10 1/2章で描かれた世界の歴史』あたりは大喜びして読んだ覚えがあり、受賞はうれしいニュースでした。
ただし、バーンズがダン・キャヴァナー(Dan Kavanagh)名義で80年代初頭に発表した軽ハードボイルドのほうが好きです。四冊あるシリーズのうち最初の二冊がハヤカワ・ポケットミステリから田村義進氏の翻訳で『顔役を撃て』と『愚か者の街』として刊行されています。未成年同性とのスキャンダルという罠で警察を追われたバイセクシュアル探偵を主人公に、ロンドンやその周辺のいかがわしい繁華街を舞台とし、お約束きっちり守りました的なキャラクターや道具立てや展開で軽快に読ませる“楽しいジャンル小説”です。『顔役を撃て』の訳者あとがきによれば、ジェイムズ・マクルーアと知りあいになり、その作品に触発されて書きあげたものだとか。そのあとがきで紹介されている原書に付された「著者略歴」がいかにもそれらしく、この作家の稚気や茶目っ気が感じられてうれしくなります。
純文学を活躍のおもなフィールドにしている作家がジャンル・ミステリを変名で発表した例としては、ゴア・ヴィダルのエドガー・ボックス名義の三冊(邦訳は『死は熱いのがお好き』のみ)があり、近年ではやはりブッカー賞受賞作家ジョン・バンヴィルのベンジャミン・ブラック名義が有名(『ダブリンで死んだ娘』『溺れる白鳥』)。ジョイス・キャロル・オーツも、ロザモンド・スミスやローレン・ケリーといった筆名でミステリーやサスペンスを出しています(スミス名義の Soul/Mate は若島正氏の『殺しの時間』に紹介があり、ケリー名義は『連れていって、どこかへ』の邦訳あり)。ポール・オースターにもポール・ベンジャミン名義の野球ものミステリ Sqeeze Play があります(とはいえ『シティ・オブ・グラス』以前の1982年発表なので厳密にはカテゴリーちがい)。本邦ではもちろん、福永武彦の加田伶太郎名義が有名ですね(SFは船田学名義)。
そういえば翻訳者も変名で翻訳を発表することがありますね。ジャンルで筆名をつかいわける方、雑誌のおなじ号の目次におなじ名前がならぶのを避けるために別名義を採用する方もいます。高名な文学者が変名で翻訳を発表した例もありますし、作品の内容にあわせたペンネームをつくった方もいますが……その話はまたいずれ。
(しらいしろう:1959年の亥年生まれ。進行する老眼に鞭打って、いまなおワープロソフト「松」でキング、グリシャム、デミル等の作品を翻訳。最新訳書はデミル『ゲートハウス』、キング『アンダー・ザ・ドーム』。ツイッターアカウント@R_SRIS)
越前敏弥
そんなわけで、前回も書いたとおり鋭意蟄居中なので、短めに。
いや、月曜の高橋佳奈子さんのエッセイに登場する「ニップルちゃん」がわが心に火をつけて、例によって「ニプルス」と「ニプレス」のちがいとか、その語源とか、実は和製英語であることとか、あれこれ言いたくてたまらないけれど、忙しいので、物好きな人は検索してください。あ、佳奈子さん、わたくし、あなたのファンです。エ、エッセイの。月曜が待ち遠しいです。こんどはぜひ二日酔いネタでよろしく。
秋の読書探偵、いよいよ来週月曜が締め切りです(消印有効)。いまから読んで、さくっと仕上げることもじゅうぶんできますよ>18歳以下のみなさん。多くのかたの応募をお待ちしています。
(えちぜんとしや:1961年生。おもな訳書に『夜の真義を』『Yの悲劇』『ダ・ヴィンチ・コード』など。趣味は映画館めぐり、ラーメン屋めぐり、マッサージ屋めぐり、スカートめくり(冗談、冗談)。ツイッターアカウント@t_echizen )
加賀山卓朗
すでにいろいろなところで取り上げられていますが、大震災以降の作品を集めた、しりあがり寿『あの日からのマンガ』はすごい。これだけ深刻なテーマを扱いながら笑いをとるという超人技。双子のオヤジの川下りのシュールさなど、ちょっと考えられない高みに達している。
双子のオヤジが水墨画なら、メビウス『アンカル』は極彩色の夢幻世界。ピラミッド型の物体(意識)アンカルを手にした仲間たちと闇との戦いは、なんと30年前の作品ですか。アイディアも絵ものけぞるくらい新鮮でした。
(かがやまたくろう:ロバート・B・パーカー、デニス・ルヘイン、ジェイムズ・カルロス・ブレイク、ジョン・ル・カレなどを翻訳。運動は山歩きとテニス)
上條ひろみ
「アッパッパー」ってご存じですか? 体を締め付けない夏の簡易ワンピースのことです(そろそろ肌寒くなってきたのに夏の話題ですみません)。ゆったりワンピは今でもありますが、あれを「アッパッパー」と呼んでいたのはうちでは祖母だけだったような。若い人は聞いたこともないですよね。
NHK朝の連続テレビ小説「カーネーション」で、まだ洋装がめずらしい昭和初期に、呉服屋の娘のヒロインがアッパッパーにいたく衝撃を受けていたので、「ああ、あれがそうなのか」と思った方も多いはず。昭和レトロなことばですね。
アメリカの小説などでは、ときどきおばさんが「Mother Hubbard」なる服を着ています。辞書には「裾が長くてゆるい婦人用ハウスドレス」「家事用婦人服」とあって、これはまさに「アッパッパー」だと思ったのですが、さすがにその訳語は使えず、「ゆったりしたホームドレス」などと訳した記憶が。
でもどうやら「アッパッパー」ってもとは英語らしい。upper partsだって。頭からすっぽりかぶるだけだから?
もともとMother Hubbardは、南洋諸島で布教していた宣教師が、裸に近い格好で暮らしていた現地の女性たちに着せたものだそうです。できるだけ体を隠すために、裾は長く長袖で襟元が詰まったデザインだったとか。南の島じゃ暑かったでしょうね。それがしだいに変化して、現在のムームーのようなゆったりワンピ型に。日本のアッパッパーはもともとクールビズですが(家事だって労働だ!)。
(かみじょうひろみ:神奈川県生まれ。ジョアン・フルークの〈お菓子探偵ハンナ・シリーズ〉(ヴィレッジブックス)、カレン・マキナニーの〈朝食のおいしいB&Bシリーズ〉(武田ランダムハウスジャパン)などを翻訳。趣味は読書とお菓子作り)