田口俊樹
先月の翻訳者エッセイで、高橋佳奈子女史がことば遊びをなさっていたので、私も真似して。
朝っぱらからなんなんですけど。よくあるワープロの変換ミス・ネタなんですけど。
レイプ被害者の女性が医師の診察を受けるシーンを訳してたんですよね。
犯人のDNA鑑定ができるよう、その、なんというか、採取しなきゃならない。
そこで医師は麺棒を取り出し……え!? とわが眼を疑いました。
なんだ、この医者は? こいつが実は変態レイプ犯だったのか?!
ちがったんですね、はい、綿棒だったんですね。
あはは。私、笑いすぎて悶絶。
すみません、朝っぱらから。
(たぐちとしき:ローレンス・ブロックのマット・スカダー・シリーズ、バーニイ・ローデンバー・シリーズを手がける。趣味は競馬とパチンコ)
横山啓明
スティーブ・ジョブズが亡くなりましたね。
「ハングリーであれ、愚かであれ」と言ったとか。
最近知りました。
で、思い浮かべたのが、イエーツの詩。
自分が賢い老人にならないように、
誰も賞めそやす老人にならぬように
どうか守ってほしい。
ああ、ひとつの唄のために
阿呆みたいになれない自分など
なんの値打ちがあろう!
お願いだ——いまさら流行の言葉もなくて
ただ率直に祈りをくりかえすが——
どうかこの私を
おいぼれて死ぬかもしれんその時も
阿呆で熱狂的な者でいさせてくれ。
(加島祥造訳)
ということで、今週は余裕がないので
引用でお茶を濁してしまった。
はい、貧乏暇なしです。
(よこやまひろあき:AB型のふたご座。音楽を聴きながらのジョギングが日課。主な訳書:ペレケーノス『夜は終わらない』、ダニング『愛書家の死』ゾウハー『ベルリン・コンスピラシー』アントニィ『ベヴァリー・クラブ』ラフ『バッド・モンキーズ』など。ツイッターアカウント@maddisco)
鈴木恵
ミステリーの世界にはあまたの名コンビが存在するが、最近では『特捜部Q—檻の中の女—』のマーク警部補とその助手アサドがなかなかいい味を出していたと思う。今後が楽しみなコンビだなと思っていたら、早くも2作目が出る模様。こんどは『特捜部Q—キジ殺し—』だとか。
いい味を出していたといえば、現在公開中の映画《ブリッツ》に登場するロンドンの暴力刑事ブラントとゲイの(?)刑事ナッシュのコンビもなかなか。邦訳はされていないが、原作は「ノワールの詩人」ケン・ブルーエン。
ブルーエンといえば、12月にはこれまた彼の原作になる《ロンドン・ブルバード》が公開される予定。原作のすっとぼけた会話やモノローグがどこまで生かされているか。こちらも楽しみ。
(すずきめぐみ:文芸翻訳者・馬券研究家。最近の主な訳書:『生、なお恐るべし』『ピザマンの事件簿2/犯人捜しはつらいよ』『ロンドン・ブールヴァード』。最近の主な馬券:なし orz。ツイッターアカウント@FukigenM)
白石朗
初めてアルバニアを舞台(の一部)にした作品を訳したので、泥縄式ではありますが、それまで馴染みのなかったこの東欧の国について参考資料に目を通したりネットで調べたりしました。困ったのは例によって固有名詞(地名)のカタカナ表記です。首都ティラナ Tirana はどの資料も同一なのですが、北西部の都市 Shkodra のカタカナ表記を調べはじめて茫然。まず Shkodёr という別のアルファベット表記がある。さらに各種英和辞典、地名辞典や大地図帳、旅行ガイドブック、地理参考書のたぐいをめくったところ、シュコデル、シュコダル、シェコダル、シコダル、スカダル、シュコーダル、シュコドラ……など、表記が見事にまちまち。おおざっぱに活字ではシュコデル優勢、ネットでは日本版 Wikipediaが採用しているシュコドラが件数で優勢のようです。とりあえずひとつを採用、あとは編集者や校閲スタッフのご意見を仰ぐことにしましたが、どれに決めても「ちがう」といわれそうですね。
(しらいしろう:1959年の亥年生まれ。進行する老眼に鞭打って、いまなおワープロソフト「松」でキング、グリシャム、デミル等の作品を翻訳。最新訳書はデミル『ゲートハウス』、キング『アンダー・ザ・ドーム』。ツイッターアカウント@R_SRIS)
越前敏弥
きのう1日かけて、秋の読書探偵に応募してくれた約100通の作文に目を通しました。どの作文も、本を読んだ喜びがまちがいなく出発点になっていて、あらためて、このコンクールをやってよかったと思ったしだい。通常の形式の感想文だけでなく、登場人物への手紙とか、自分で考えた物語の続編とか、絵入りのものとか、表やグラフが付録になっているものとか、いろいろ楽しませてもらいました。来年は音声ファイルや動画ファイルが添付されたものが来たりして。もちろん、受けつけますよ。今年みなさんが選んでくれた作品のリストは今週末にサイトに掲載します。
ウルトラ超特急鋭意翻訳中だった作品がようやく月末に脱稿し、いまはゆるやかに読書復帰中。名古屋読書会へ出向く前にと思い、『脳天気にもホドがある。』とか、園子温監督による映画の公開前にと思い、『ヒミズ』とか。あ、おれの恵を返せ、なんて言いませんって。かわりに鈴木恵に慰めてもらいます。
(えちぜんとしや:1961年生。おもな訳書に『夜の真義を』『Yの悲劇』『ダ・ヴィンチ・コード』など。趣味は映画館めぐり、ラーメン屋めぐり、マッサージ屋めぐり、スカートめくり[冗談、冗談]。ツイッターアカウント@t_echizen )
加賀山卓朗
今年の個人的な収穫のひとつは、F・W・クロフツ『フレンチ警視最初の事件』。女性主人公がどんどん悪の道に引きずりこまれる倒叙風味に感心しきり。小山正さんの入念な解説にも感動。あわてて、積ん読だった『フレンチ警部と毒蛇の謎』も読みました。これもまさにフレンチの言う「よくやったと犯人を褒めてやりましょう」。
クロフツって元鉄道技師だから、頭が理系なんですよね。文系とはちょっとちがった切り口で世界を見ている。そこが好きです。
(かがやまたくろう:ロバート・B・パーカー、デニス・ルヘイン、ジェイムズ・カルロス・ブレイク、ジョン・ル・カレなどを翻訳。運動は山歩きとテニス)
上條ひろみ
鴻巣友季子さんの『本の寄り道』(河出書房新社)がめっぽうおもしろい。「翻訳家にして稀代の書評家の初の書評集」です。
村上春樹作品における「人称」の意味とか、これまで気づけなかった深い読み方を示唆され、目からウロコ。自分はいかに感覚的に読書をしていたか、思い知らされました。仕事では必然的に熟読になるので、ふだんの読書はついグルーヴにまかせて読んでしまうんですよね。まあ、それはそれでいいのかもしれないけど、本によっては「深読み」もまた楽しいものです。
本を紹介するのに使うことばも吟味されていて、「小説の愉しみがしっぽまでつまっている本」とか「何かにふっと持っていかれそうになる本」とか、激しく読書欲をそそる表現ばかり。翻訳書はもちろん、ときには国内作家の作品でも「翻訳」という切り口を意識した、翻訳家ならではの読み方が興味深い。読書からインスパイアされる愉しみ(寄り道)を存分に堪能しました。これから読みたい本、再読したい本がざっくざくです。
翻訳書でめっぽうおもしろかったのがG・M・マリエットの『コージー作家の秘密の原稿』(創元推理文庫)。
アガサ賞最優秀処女長編賞受賞作で、クリスティーへのオマージュに満ちた作品です。人気コージーミステリ作家がどうにも食えないおやじという意外性もさることながら、その家族や使用人まで全員くまなくあやしすぎ。皮肉たっぷりな地の文もチャーミングで、続刊が愉しみなシリーズ一作目です。
(かみじょうひろみ:神奈川県生まれ。ジョアン・フルークの〈お菓子探偵ハンナ・シリーズ〉(ヴィレッジブックス)、カレン・マキナニーの〈朝食のおいしいB&Bシリーズ〉(武田ランダムハウスジャパン)などを翻訳。趣味は読書とお菓子作り)