レジナルド・ヒルの楽しみ

 イギリスの大御所ミステリ作家レジナルド・ヒルが一月十二日に七十五歳で亡くなった。レジナルド・ヒルというと二十冊翻訳されているダルジール警視シリーズが有名だ。シリーズ最新作は『午前零時のフーガ』で、療養からようやく復帰したダルジールが以前ほどのバイタリティはないものの見事に謎を解決する。次作でのダルジールの完全復帰を期待していたので、作者自身が病に倒れたことが無念だ。出版されていないシリーズ作品が遺されていることを祈りたい。

 ところで、あまり知られていないかもしれないが、レジナルド・ヒルはパトリック・ルエル名義で、冒険小説寄りのミステリを何冊か出している。拙訳の『長く孤独な狙撃』は孤独な殺し屋の心情がせつせつと描かれ、胸にしみる作品だった。訳しながら、寡黙な殺し屋に恋をしそうになったものだ。『眠りネズミは死んだ』は未亡人が亡き夫の秘められた姿を知り、夫の庇護のもと、眠りネズミさながら何も考えていなかった内気な女性から、活動的な女性へ変わっていくという、女性の自立もテーマに含んだ読みごたえたっぷりの作品である。ぜひ女性読者に読んでいただきたい。シリーズはたくさんあってどれを読んだらいいのかわからない、という方も、単発作品なら気軽に手にとっていただけると思う。

 結局、ヒル存命中の最後の翻訳本になったのが私立探偵ジョー・シックススミスシリーズ『探偵稼業は運しだい』だった。このシリーズ第一作『幸運を招く男』は一九九六年に翻訳出版された。この本のあとがきにレジナルド・ヒルと会ったときのことを書いているので引用してみよう。

 レジナルド・ヒルはブリティッシュ・カウンシルの招きで数年前に日本にやって来たが、そのときの彼の講演を聞いていて、なんてユーモアに富んだ人なんだろう、と感じた。それも、いわば胡椒がぴりっときいた辛口のユーモアだった。講演の合間に彼と言葉を交わしたが、その目のやさしさがとても印象的だった。ヒルはこの作品を『おおいに楽しんで書いた』といっているので、おそらく随所にヒルのシニカルでありながらユーモラス、そして温かい(ついでにちょっぴり女好きな)人柄が投影されているにちがいない、と訳者はにらんでいる。楽しく書いた作品を、楽しく訳したので、読者の皆さんにも楽しく読んでいただければ幸せです。

 大御所作家を「女好き」といってしまうとは、若気のいたりとはいえ赤面するが、実際に会ってそう感じたことをこの場で告白しておきます。

 シリーズ二作目『誰の罪でもなく』は続けて一九九七年に出版されたものの、その後諸事情で翻訳が途絶えてしまったところに、昨年十四年ぶりに五作目にあたる新作を紹介することができた。一、二作目同様、実に楽しい作品だったので、今後もシリーズを書き継いでくれるものと期待していただけに、今回の訃報は残念でならない。元旋盤工の私立探偵ジョー・シックススミスが行き当たりばったりのようでいて幸運(と女性)に恵まれて事件を解決するというユーモアたっぷり、読後感さわやかなシリーズで、しかもあまり長くないので、幅広い読者の方にお勧めしたい。本格ミステリ好きの方で、ダルジール警視シリーズを未読の方は、ぜひ一作目からじっくり腰をすえて読んでいただきたい。いつのまにか二十冊読破していることだろう。

羽田詩津子(はた しずこ)

お茶の水女子大学英文科卒。おもな訳書にブラウン『猫は殺しをかぎつける』、クリスティー『アクロイド殺し』、マイロン『図書館ねこデューイ』、ニッフェネガー『きみがぼくを見つけた日』、ボウエン『押しかけ探偵』他多数。著書に『猫はキッチンで奮闘する』

■速報:早川書房 ミステリマガジン誌 2012年5月号(3月25日発売)に「レジナルド・ヒル特集」が掲載される予定です。

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