田口俊樹
小説の面白さはふたつしかない。われを忘れるか、身につまされるか、そのどっちかだ。
なんてその昔、さる評論家が書いてるのを読んで、確かにそのとおりだと深く納得した覚えがあります。
その頃はまだ小説の一大傑作を書いて明日にでも芥川賞を取ってやろう、なんて身のほど知らずのことを考えていて、さて、おれはどっちの小説を書こうかなんてね、思ったものです。
でも、その後、私なりにあれこれ小説を読むうち、どっちもありって小説もあるじゃん、ということに気づきました。身につまされもし、われも忘れられる小説ですね。
私の場合、その多くが翻訳小説だったような気がします。なじみはなくてあこがれだけがある世界——おもに西洋——が舞台になっているだけで、わくわくどきどきわれを忘れ、外国人にもけっこうわれわれ日本人っぽいところがあるじゃんってことで、身につまされもしたんですね。
このことは翻訳者になった今も変わりません。翻訳者として一読者として、一作でも多くそんな小説に出会いたいと今でも思っています。
夏休みも余すところ一週間。小中高生のみなさん、『“真夏の”読書探偵」作文コンクール』にはもう応募していただけましたでしょうか。締め切りまでまだ少しあります。今からでも遅くはありません。今年の夏がみなさんにとって、わくわくどきどきしながら身につまされる翻訳小説との出会いの夏となりますように。
(たぐちとしき:ローレンス・ブロックのマット・スカダー・シリーズ、バーニイ・ローデンバー・シリーズを手がける。趣味は競馬とパチンコ)
横山啓明
真夏の読書探偵作文コンクール、絶賛開催中です!!
作文といっても夏休みの宿題のような作文ではありません。
なんでもありです。作品を読んで、インスピレーションが働き、
オリジナル作品を書いちゃった……別のオチを作った……
音楽が浮かんできたので作曲しちゃった……
楽譜にすることができないので、自分で作ったテーマ曲を口笛で
吹いて録音したよ……原作をもとに映画を作ったんだけど……
感激のあまり踊りだしたのでそれを撮影しました……
などなんでもあり。
読書って自由、本を読んで受け取ったものを表現する形も自由、
型にはまったことは一切なし。
ね、おもしろいでしょ?
みなさんの応募を待っています!!
(よこやまひろあき:AB型のふたご座。音楽を聴きながらのジョギングが日課。主な訳書:ペレケーノス『夜は終わらない』、ダニング『愛書家の死』ゾウハー『ベルリン・コンスピラシー』アントニィ『ベヴァリー・クラブ』ラフ『バッド・モンキーズ』など。ツイッターアカウント@maddisco)
鈴木恵
子供のころに出会えていたらな、と悔しい思いをする本てのがありますが。須川邦彦『無人島に生きる十六人』もそんな1冊。明治32年、太平洋上で座礁した帆船「龍睡丸」の乗組員16名が珊瑚礁の小さな無人島で『十五少年漂流記』さながらの生活を送るという、実話をもとにした物語。島の鳥瞰図が描かれた表紙を見るだけでもわくわくするんですが、それをめくるとさらに、彼らが「本部島」と命名した島の地図もきちんと用意されていて、無人島もの好きのオッサンの心を鷲づかみ。「ウミガメの牧場」「あざらし半島」「見張りやぐら」なんて地名を見ていると、「チェアマン島」の地図を飽きもせず眺めていたころを思い出します。昭和16年に「少年倶楽部」に連載された作品なので、時節がらやや模範的にすぎるきらいはあるんですが、ひさびさに手に取ってページをめくっているうちに、また読みふけっておりました。
(すずきめぐみ:文芸翻訳者・馬券研究家。最近の主な訳書:サリス『ドライヴ』 ウェイト『生、なお恐るべし』など。 最近の主な馬券:なし orz。ツイッターアカウント@FukigenM)
白石朗
中学生になってうれしかったのは一般むけの図書館に堂々と出入りできることだった。当時住んでいた茅場町から、歩いて区立日本橋図書館に週1回は通っていたのではないか。借りた本は覚えていないけれど、書架で題名にひかれて手にとったことをいまでも覚えているのは長田弘(がどういう人かも知らなかった)『ねこに未来はない』と、ラジオ番組で名前を知っていた永六輔(と、イラストの山下勇三との共著名義)の『みだらまんだら』だ。前者はともかく、後者はぼんくら思春期男子が題名から容易に想像して期待したとおりの艶笑譚的エッセイ集だった。貸出はおろか閲覧席にももっていかず、書架のあいだで人目を気にしつつ読んだ。そして、もう一冊が(小説ではないけれど)翻訳ものだった。ひっそりと棚に差されていた『この本を盗め』。当時は著者のアビー・ホフマンも訳者の小中陽太郎も知らなかった。中身を読む前から題名に図書館ではもっとも重い犯罪を命令され、図書館警察の存在も知らなかったくせに、わけもなく鼓動が速まった。これも書架のあいだでおどおどとページをめくった。
本を読むことのうしろめたさ。うしろめたいがゆえの快感。あのころからいまにいたるまで、幸か不幸かぼくの読書は、書架のあいだで息をひそめていた少年迷探偵時代に刷りこまれたそんな外聞をはばかる快楽原則がベースラインをつくっている。
(しらいしろう:1959年の亥年生まれ。進行する老眼に鞭打って、いまなおワープロソフト「松」でキング、グリシャム、デミル等の作品を翻訳。最新訳書はデミル『獅子の血戦』、ヒル『ホーンズ—角—』、キング『アンダー・ザ・ドーム』など。ツイッターアカウント@R_SRIS)
越前敏弥
国語専科教室という作文教室を主宰なさっている工藤順一さんのブログに、最近「読書感想文について」という記事が載っていました。要約すると、大人目線で一定の形式を押しつけ、感想を無理に引き出そうとする「読書感想文」はあまり有意義とは言えないが、もし意味があるとしたら「読書すること」に尽きる、というもの。記事の最後には、唯一賛同して生徒に参加を薦めてくださっている読書探偵コンクールのことが書いてあります。コボちゃん作文やロダン作文など、その独特の指導法についてくわしく知りたいかたには『これで書く力がどんどんのびる!!』『これで考える力がどんどんのびる!!』『これで読む力がどんどんのびる!!』の3部作がお薦め。大人が実践してもじゅうぶんに役立ます。
シンジケートが主催する読書探偵コンクールも、子供たちに少しでも翻訳書を手にとってもらいたい、読んでもらいたいと思ってはじめたもので、形式はまったくの自由です。長さは1行でもOK。去年は絵や表や地図を書いてくれた人、川柳のような1行の短詩を書いてくれた人もいました。今年は彫刻や音声ファイルや動画ファイルを送ってくる人がいないかね、なんて審査員一同で話しています。ふるってご参加ください。
(えちぜんとしや:1961年生。おもな訳書に『解錠師』『夜の真義を』『Yの悲劇』『ダ・ヴィンチ・コード』など。趣味は映画館めぐり、ラーメン屋めぐり、マッサージ屋めぐり、スカートめくり[冗談、冗談]。ツイッターアカウント@t_echizen。公式ブログ「翻訳百景」 )
加賀山卓朗
同じ本でも、たとえば受験のためとか国語力をつけるために読むときと、誰からも言われないのになぜか惹かれて読むときとでは、まったくちがう読書体験になりますよね。私なんかも、大学受験が終わったとたんに古文がすらすらと読めるようになった気がしました。気のせいですもちろん(逃)。
今回で3期目となる『読書探偵』も、選ぶ本からプレゼンのしかたまでまったく自由。事務局の人間が言うのもなんですが、なんだかうらやましい企画です。自分が小中高生だったら何を書くだろう、と。応募作品を読ませていただくのもまた楽しい。今年もたくさんの応募をお待ちしています!
あ、最近読んでとても面白かった本は、存在すら知らなかったスイスの作家、デュレンマットの『失脚/巫女の死』です。中高生の皆さんにも……やっぱりまずいかな。
(かがやまたくろう:ロバート・B・パーカー、デニス・ルヘイン、ジェイムズ・カルロス・ブレイク、ジョン・ル・カレなどを翻訳。運動は山歩きとテニス)
上條ひろみ
子供のころからずっと大好きな本にサン=テグジュペリの『星の王子さま』があります。何度も繰り返し読んで、実家にある岩波版のハードカバーはボロボロなので、先日文庫版(河野万里子訳)が「新潮文庫の100冊」として書店に並んでいるのを見て、自宅用(携帯用?)にまた購入しました。
もともとが大人向けに書かれたところもあるので、いま読むと、王子さまの星に咲いている花は、手がかかるくせに気むずかしい奥さんのことだったんだなとか、それでも責任を持って守ってやらなくちゃと思ってるのはえらいなとか、せまい家(星)での奥さんとの生活に息が詰まって旅に出たのかなとか、大人の事情が見えてくるのもおもしろいけど、初めて読んだときの感想がよみがえってくるのがまた感慨深いのです。「ボアに飲まれたゾウ(岩波版内藤濯訳は「ゾウをこなしているウワバミ」だっけ?)」と一発で当てる王子さまはすごいなとか、自分勝手なバラの言うことなんて聞かなきゃいいのにとか、「バオバブ」という響きがわけもなく怖かったりとか。そして、砂漠で木が倒れるようにくずおれたあと、王子さまはどうなったのだろうと、ものすごく考えたことも。今でも、読み終わったあとで深く考えさせられる本が好きなのは、ああでもないこうでもないと考えるのがすごく楽しかったからじゃないかな。読書の楽しみはそんなところにもあると思います。
物語の後日談的なことを考えるのも好きでした。たしか小学校三年生のときだったと思うけど、国語の教科書に載っていたお話のつづきを書きなさいという課題があって、すごく楽しかったなあ。調子にのってガンガン書いたら意外にも先生に褒められたので、書いた内容を今でもはっきり覚えているほど。
〈真夏の読書探偵〉作文コンクールではどんな形式で書いてもいいので、読んだ本のつづきを書いてみる、なんていうのもいいかもしれません。そして、少しでも翻訳書のおもしろさを知ってもらえたら、と思っています。
(かみじょうひろみ:神奈川県生まれ。ジョアン・フルークの〈お菓子探偵ハンナ・シリーズ〉(ヴィレッジブックス)、カレン・マキナニーの〈朝食のおいしいB&Bシリーズ〉(武田ランダムハウスジャパン)などを翻訳。趣味は読書とお菓子作り)