20130627043830.jpg 田口俊樹

 ちょっと世話になったりしたもんで、ふと思いつき、マイクル・Z・リューインさんにお中元を贈りました。輪島塗の夫婦箸。するとお礼のメールに次のような質問が添えられてました——「ところで、トシ、この大きいほうはメインディッシュ用で、小さいほうはセカンドディッシュ用だろうか?」

 なるほどね。所変われば品変わる。食事にナイフとフォークを何組か使ったりするあちらの人ならではの質問です。

 で、所変われば品変わるつながりで思い出したのが、もう十年以上もまえのことだけれど、知り合いのイギリス人が言ってたこと。日本に初めて来てまずびっくりしたのが、日本にはなんと白い車が多いことか、ということでした。そう言われてみると、これまた古い記憶だけれど、ロンドンで白い車はあまり見かけなかったような。今はどうなんでしょう?

 もうひとつ思い出したのが、これまた古い話なんですが、ギリシア人の女性が日本に初めて来てびっくり仰天した話。その人は日本語がぺらぺらで、宮澤賢治の童話のギリシア語訳なんかも手がけている日本通なんだけど、日本人がスイカに塩をかけて食べるのを見て腰が抜けるほど驚いたそうです。と書いて、気づいたけど、最近はあまり見かけなくなった? 今でも塩をかけたりしてます、みなさん? ひょっとして若い人は知らなかったりして。

 最後もこれまた十年以上前の古い話なんですが、日本に初めて来たニューヨーカーの話。向こうを発つときに友人から言われたそうです。日本では、空港のトイレから始まって、便器という便器にアメリカで一番有名な犬の名前が書いてあるって。で、来てみたら、ほんとにそうだったったんでびっくりしたっていうんですけど、わかります?

 そう、『オズの魔法使い』のドロシーの愛犬、トトのことです。すなわちTOTO。ちょっと笑えました。

 あの、正真正銘の蛇足ですけど、わが家の寝たきり老犬の名はブチっていいます。現在、家人がまた旅行中で、私ひとりの劣悪な介護環境にもめげず、まだ生きてます。エラい! 私のことです。

(たぐちとしき:ローレンス・ブロックのマット・スカダー・シリーズ、バーニイ・ローデンバー・シリーズを手がける。趣味は競馬とパチンコ)

 20130627043831.jpg  横山啓明

単色に塗ったカンバスにナイフで切れ目を

入れたフォンタナの作品をはじめて見たとき、

裂け目の創りだす空間の緊張感に目をみは

ったものです。

なんでこんなことを思い出したかというと、先ほど

三百部限定の『犬の静脈に嫉妬することから』

(土方巽)を久しぶり(二、三十年ぶり?)に本棚から

引っ張り出してページを開いたら、フォンタナのことが書いて

あったからです。土方さんがフォンタナに言及していたなんて

……昔読んだはずなのにまったく覚えていませんでした。

せっかくですから引用しておきます。

 フォンタナの作品には、水ガメの中の水を鎌で切りつけて

遊んだ自分の少年時代を思い起こすというもう一つの血縁を、

私は感じた。

土方さんは五十七歳で亡くなったのですが、

先月、わたし、その歳になりました。

ああ……

(よこやまひろあき:AB型のふたご座。音楽を聴きながらのジョギングが日課。主な訳書:ペレケーノス『夜は終わらない』、ダニング『愛書家の死』ゾウハー『ベルリン・コンスピラシー』アントニィ『ベヴァリー・クラブ』ラフ『バッド・モンキーズ』など。ツイッターアカウント@maddisco

 20130524023841.jpg 鈴木恵

ジョージ・V・ヒギンズ『ジャッキー・コーガン』、パトリック・デウィット『シスターズ・ブラザーズ』と、殺し屋が主人公の小説をつづけて読んだのだが、キム・オンス『設計者』は珍しい韓国ミステリー。面白いのは、設定がどこかファンタジックなこと。作品の中の韓国では民主化後、皮肉にも軍政時代より暗殺の需要が爆発的に増えて、多数の暗殺業者が乱立し、市井の人々の中に溶けこんで暮らしているのである。刃物を持たせたらピカイチの床屋とか、死体をきれいに焼却するペット火葬場の経営者とか。主人公は修道院に捨てられていたみなしごで、狸おやじと呼ばれる暗殺業者に引き取られて凄腕の殺し屋になるのだが、その殺し屋の巣窟がおもてむきは図書館だとか。ところがその業界にも変化の波が押しよせ、スタンフォード大学のMBAを持つ新世代の業者が台頭、狸おやじ一派ものんびりしていられなくなるというお話。『ジャッキー・コーガン』の対極にあるような心優しい殺し屋小説だった。「新しい韓国の文学」シリーズの1冊。

(すずきめぐみ:文芸翻訳者・馬券研究家。最近の主な訳書:バリー『機械男』 サリス『ドライヴ』など。 最近の主な馬券:なし orz。ツイッターアカウント@FukigenM

  20121210083413.jpg  白石朗

 翻訳者があつまると定期的に日本的な表現をどこまで許容するかという話題になります。先にいっておくと、ぼくはわりと許容派。法律事務所の会議が小田原評定になったり、多国籍企業のCEOが洞が峠を決めこんだり、海兵隊の猛者がふんどしを締めて敵陣に乗りこんだり勝って兜の緒を締めたり、テロリストの内通者がFBIの尋問にも知らぬ顔の半兵衛を決めこんだり、ドラッグディーラーが潜入捜査官にその手は桑名の焼き蛤だぜといったり、ハリウッドの大女優が三行半を叩きつけられたりしたら、おっとり刀で駆けつけた翻訳与力にお縄を頂戴しそうですが、口をへの字に曲げたり真一文字に結んだり、刀折れ矢つきて大の字になって寝たりするくらいは、(もちろん文脈や作品の雰囲気や人物の設定次第で)いいんじゃないでしょうか。

 ただ、これはもうきわめて個人的な記憶からくる語感でしかないんですが、「飯(めし)」だけはつかえない。昔住んでいたところの国道ぞいにあった定食専門ドライブインの「めし」と筆文字で大書された看板、あれを連想してしまうんですね。比喩の「朝飯前」はつかうくせに、いくら時間に追われているカップルでもジェイクとセイディーには朝飯をかっこませたりせず、急いで朝食をとらせたい派です。それに——やはり手もとのゲラから名前を拾って適当に例をこしらえますが——「ジャクリーンとジョンは焼きたてのブリオッシュで朝飯を食べた」だと、やがて悲劇に見舞われるアメリカ大統領夫妻がパンをおかずに白飯を食べている、炭水化物過剰な光景を思い浮かべる読者がいるんじゃないかと心配で。え? 杞憂? そういわれればそれまでですが……ところで「杞憂」はどうします? つかいます。

(しらいしろう:1959年の亥年生まれ。最新訳書はアウル『聖なる洞窟の地』、グリシャム『自白』、ブラッティ『ディミター』、デミル『獅子の血戦』、ヒル『ホーンズ—角—』など。ツイッターアカウント@R_SRIS

  20121208085758.jpg 越前敏弥

 キム・ギドクの新作〈嘆きのピエタ〉に★5つをつけました。★5つの作品に出会ったのは〈ヘヴンズストーリー〉以来だから、約3年ぶり。

 それにしても、あの〈悲夢〉の事故騒動→大スランプから、よくぞ帰ってきてくれました。

〈嘆きのピエタ〉、前半は初期作品を思い出させるような、剃刀の切れ味。ところが、後半になると、これまで直球勝負のキム・ギドクが使わなかったようなひねり技を連発。そう言えば、復帰作〈アリラン〉にも、後半にとんでもない仕掛けがあったっけ。

 転んでもただでは起きないキム・ギドク。〈春夏秋冬そして春〉のラストシーンを思い出します。これからどこへ向かうのかが楽しみです。

 ミステリーファンにもお奨め。

(えちぜんとしや:1961年生。おもな訳書に『解錠師』『夜の真義を』『Yの悲劇』『ダ・ヴィンチ・コード』など。趣味は映画館めぐり、ラーメン屋めぐり、マッサージ屋めぐり、スカートめくり[冗談、冗談]。ツイッターアカウント@t_echizen。公式ブログ「翻訳百景」 )

 20111003174437.jpg 加賀山卓朗

 いまさらの話、上原ひろみは何弾かせても本当にうまいなあ。ピアノと身体の一体化という点で日本一のピアニストは矢野顕子だと思っておりましたが、上原ひろみは別次元かもしれない。トリオ、ソロ、フュージョン……どれもちょっと桁ちがいのレベルの高さで、テニスで言えば、あらゆることができるフェデラーみたいな。

 うれしかったのはThe Tom And Jerry Show。何を隠そう、子供のころテレビ番組でいちばん好きなのが『トムとジェリー』でした。長じて筒井康隆ファンになることは運命づけられていたわけです(なの?)。

(かがやまたくろう:ロバート・B・パーカー、デニス・ルヘイン、ジェイムズ・カルロス・ブレイク、ジョン・ル・カレなどを翻訳。運動は山歩きとテニス)

 20130627043832.jpg 上條ひろみ

人気のスウェーデンミステリをはじめとする北欧ミステリ、ずいぶんいろいろと紹介されるようになってうれしいかぎりです。北欧雑貨やインテリアにも興味があるので、本を読みながらおうちのなかの様子をイメージしたりして、バーチャルに楽しんでいます。実際に買いそろえるのはたいへんだしね。

 北欧のお菓子の本も愛読しています(行正り香『まぜて焼くだけ 北欧からのやさしいお菓子』など)。北欧のお菓子は素材の味を生かしたシンプルで素朴なものが多く、インテリアにもマッチするんですよね。混ぜて焼くだけ、とか作り方がシンプルなのも魅力的です。愛読するばかりでまだ実際には作っていないのですが、ぜひ一度は作って、北欧ミステリを読みながら楽しみたいものです。

 本のほうですが、最近読んだ北欧ミステリのなかでおすすめは、カミラ・レックバリのエリカ&パトリック事件簿シリーズ最新刊『踊る骸』。わたし的にはシリーズ最高傑作です。でもお菓子を食べながら読むのはどうかなあ……察しのいい方はこのタイトルからわかると思いますが。

 モンス・カッレントフトの女性刑事モーリン・シリーズ第一作『冬の生贄』もおもしろかった。モーリンをはじめ、刑事たちの私生活の描写が興味深く、楽しみなシリーズになりそうです。

(かみじょうひろみ:英米文学翻訳者。おもな訳書はジョアン・フルークの〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、カレン・マキナニーの〈朝食のおいしいB&B〉シリーズなど。趣味は読書とお菓子作りと宝塚観劇)

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