※「北欧編」は全3回の予定と以前に書きましたが、3回では足りませんでした。スウェーデン編、デンマーク編、そして今回のノルウェー編と来て、来月はアイスランド・フィンランド編の予定です。

※先日「北欧ミステリ邦訳一覧」( http://www36.atwiki.jp/asianmystery/pages/220.html )を作成しましたので読書のご参考にどうぞ。

◆【ノルウェー】リヴァートンクラブ ゴールデンリボルバー賞

 スウェーデンからは次々と新しい作家が邦訳紹介されており、デンマークからは《特捜部Q》という大ヒットシリーズが生まれたが、それと比べるとノルウェーのミステリーは日本であまり存在感がない。国境を越えて高く評価されている現役のノルウェーのミステリー作家にはジョー・ネスボアンネ・ホルトカリン・フォッスムらがいる。

 ジョー・ネスボはちょうど来月、講談社文庫で『ヘッドハンターズ』が刊行される。2011年にノルウェーで映画化された作品で、2012年には日本でも『ヘッドハンター』というタイトルで一部映画館で公開された(映画版公式サイト[日本語] http://www.earthstar.jp/movie/headhunter.html )。すでにアメリカの映画製作会社がリメイク権を買っているそうだが、その後企画が進んでいるのかは分からない。

 ジョー・ネスボの邦訳はもう1作、『コマドリの賭け』がある。ネスボがデビュー以来書き継いでいるハリー・ホーレ刑事シリーズ(1997年〜)の第3作。このシリーズは世界中で人気を博しており、2008年には第4作(未訳)がアメリカ探偵作家クラブ(MWA)エドガー賞最優秀長編賞の候補になった。英国推理作家協会(CWA)インターナショナル・ダガー賞にも3度ノミネートされている。『コマドリの賭け』は2007年の同賞ノミネート作である。

 ちなみにジョー・ネスボはノルウェーの人気ロックバンド「Di Derre」のボーカルでもある。青少年時代はサッカーに明け暮れ、その実力はプロを目指せるほどだったというが、けがで断念。その後証券マンとして働くかたわら「Di Derre」で全国的な人気を獲得するも、二足のわらじのあまりの忙しさに嫌気がさし、休暇をとって旅先のオーストラリアで初めて書いた小説がいきなりガラスの鍵賞(北欧最優秀ミステリー賞)を受賞という超人的な経歴の持ち主である。

 アンネ・ホルトのハンネ警部補シリーズ(1993年〜)は、集英社文庫で1997年から1999年にかけて最初の3作が訳されている(『女神の沈黙』『土曜日の殺人者』『悪魔の死』)。その後邦訳は止まってしまったが、シリーズ最新作『1222』は2012年のエドガー賞最優秀長編賞にノミネートされた(モー・ヘイダーの『喪失』が受賞し、エース・アトキンズ『帰郷』や東野圭吾『容疑者Xの献身』がノミネートされた回である)。アンネ・ホルトはテレビのニュースキャスター、警察官(法務官)を経て弁護士となり、現役の弁護士のまま1993年に『女神の沈黙』で推理作家デビュー。デビュー作はたちまちベストセラーになり、その3年後には法務大臣に抜擢されるという、これまた華々しい経歴の持ち主である(健康上の理由から法務大臣の職は数か月で辞任)。

 カリン・フォッスムのセーヘル警部シリーズ(1995年〜)はシリーズ第2作『湖のほとりで』が唯一の邦訳。シリーズ第5作(英題 Calling Out For You、米題 The Indian Bride)は2005年に英国推理作家協会ゴールド・ダガー賞にノミネートされ、アメリカではロサンゼルス・タイムズ文学賞ミステリー部門の2007年度受賞作となった(後者はあまり知名度がないかもしれないが、中村文則『掏摸』が今年この賞にノミネートされて話題になった)。『湖のほとりで』はガラスの鍵賞の受賞作でもあり、イタリアで映画化もされている。


 今はなきデンマークの推理作家団体「ポー・クラブ」(1964年設立)、そして1971年設立のスウェーデン推理作家アカデミーに続いて、1972年にはノルウェーでも推理作家団体が設立されている。名称はリヴァートンクラブ(Rivertonklubben)。その名称の由来は後回しにして、先に賞の紹介をしよう。

 リヴァートンクラブは年間最優秀のミステリー作品に対してゴールデンリボルバー賞(Den gyldne revolver)を授与している。リヴァートンクラブの賞なので、単にリヴァートン賞(Rivertonprisen)とされることも多い。また、これらの言い方ではなんのことか分からないからだろう、日本ではノルウェー・ミステリー大賞という名称で呼ばれることもある。アンネ・ホルト『土曜日の殺人者』は1994年の、カリン・フォッスム『湖のほとりで』は1996年のゴールデンリボルバー賞受賞作である。ジョー・ネスボも1997年のデビュー作(未訳)でこの賞を受賞している。

 また、『北海の狩人』が訳されているユン・ミシェレットはゴールデンリボルバー賞を1981年と2001年の2度受賞(amazonでは『北極の狩人』というタイトルで登録されてしまっているが、『北海の狩人』が正しい)。『狼の夜 TV局ハイジャック』が訳されているトム・エーゲランは2009年の受賞者である。なおこの賞は対象を小説のみに限っておらず、ラジオドラマやテレビドラマが受賞することもある。

 リヴァートンクラブの「リヴァートン」というのは、ノルウェーのミステリー創作の先駆者であるステイン・リヴァートン(1884-1934)のことである。この作家は本名をスヴェン・エルヴェスタといい、日本ではこの本名の方で長編1編と短編1編が訳されている。1946年に邦訳出版された『怪盗』(S・エルヴェスタード著、荒井詩夢訳、新東京社)は、探偵のアスビョルン・クラーグ(この本では「アスビョルン・クラーハ」)が神出鬼没の怪盗と対決するストーリー。『新青年』1936年夏季増刊号に訳載された短編「グランド・ホテル怪事件」(著者名表記「スヴェン・エルヴェシュタット」)にもクラーグが登場するが、こちらではなぜか「クラーグ警部」となっている。

 ステイン・リヴァートンが生み出した探偵アスビョルン・クラーグは、かつて北欧やドイツでシャーロック・ホームズと並ぶほどの人気を誇っていたらしい。その一端は隣国スウェーデンの児童文学でもうかがえる。1946年にスウェーデンで発表された『名探偵カッレくん』で主人公のカッレくんは、ホームズやポアロ、ピーター・ウィムジイ卿、そしてアスビョルン・クラーグのような名探偵になることを夢見ているのである。

◆【ノルウェー】リヴァートンクラブ リヴァートンクラブ名誉賞

 リヴァートンクラブは不定期に、ミステリー界に貢献した作家らにリヴァートンクラブ名誉賞を贈っている。最初の受賞者は1973年のベルンハルト・ボルゲ。この作家は1960年にポケミスで精神分析医を探偵役とする本格ミステリー『夜の人』が刊行されている。ポケミスに収録された初の北欧作品であり、そして現在のところ、ポケミス唯一のノルウェー作品である。ちなみにベルンハルト・ボルゲは1981年にはスウェーデン推理作家アカデミーの巨匠賞も受賞している。

 リヴァートンクラブ名誉賞は国外の作家に贈られることもあり、北欧の作家では1990年にデンマークのターゲ・ラ・コーア、2007年にスウェーデンのマイ・シューヴァル、2012年にスウェーデンのヘニング・マンケルが受賞している。また前回先取りで紹介したが、同じ2012年にはなんと小説およびそれを原作とする映像作品に登場する架空の探偵ヴァルグ・ヴェウムもその栄誉に輝いた。作者のグンナル・ストーレセンはゴールデンリボルバー賞を1975年と2002年の2度受賞している。

◆【ノルウェー】ミステリー祭《コングスベル・クリム》 マウリッツ・ハンセン新人賞

 通常、世界の探偵小説の嚆矢とされるのはポーの「モルグ街の殺人」(1841年)だが、ノルウェーでは同国人のマウリッツ・ハンセン(Maurits Hansen)が1839年に発表した『鉱山技師ロールフセン殺害事件』(Mordet på maskinbygger Roolfsen)こそが世界初の探偵小説だとする説がある。邦訳もないのでその説の正当性は分からない。その名を冠したマウリッツ・ハンセン新人賞(Maurits Hansenprisen – Nytt blod)は、年間最優秀の国内新人作品に授与される賞。ノルウェーの都市コングスベルで毎年秋に開催されるミステリー祭《コングスベル・クリム》(2004年〜)で2009年より授与されている(「クリム」は「ミステリー」の意)。受賞者のなかに邦訳のある作家は見当たらない。

松川 良宏(まつかわ よしひろ)

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 アジアミステリ研究家。『ハヤカワ ミステリマガジン』2012年2月号(アジアミステリ特集号)に「東アジア推理小説の日本における受容史」寄稿。「××(国・地域名)に推理小説はない」、という類の迷信を一つずつ消していくのが当面の目標。

 Webサイト: http://www36.atwiki.jp/asianmystery/

 twitterアカウント: http://twitter.com/Colorless_Ideas

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