田口俊樹
老犬ブチが死にました。1月14日に文字どおり倒れてちょうど7ヵ月、8月14日の夜のことでした。17歳9ヵ月。その日は奇しくも101歳で大往生を遂げた義父の命日でした。
私はたまたま親しい編集者たちとの飲み会で外出していたのですが、数日前から様子がおかしく、予期はしていました。また、正直に言うと、私はこの日を待っていなかったとは言えません。いや、もっともっと正直に言うと、夜鳴きに苛立ち、子供じみた意地悪をしたりしたことさえありました。それでも、家人の涙声の報告を携帯電話で聞いたときには、さすがに胸がつまりました。
家に帰り、玄関の上がり框(がまち)に腰かけ、三和土(たたき)に横たわる亡骸を見つめてしばらく過ごしました。静かな夜でした。それもそのはず、七ヵ月毎晩うるさかった張本人(張本犬?)がもういないんですから。ご近所のみなさん、長らくご迷惑をおかけしました。
翌日の木曜日、車に乗せ、家族四人で府中の犬猫霊園まで運び、火葬してもらいました。娘も息子もすでに実家を出ており、所帯も仕事も持っているのですが、なんとも珍しいことに、その日はたまたまふたりとも休暇を取っていたのです。因縁めいたことを言うようですが、そういう日が来るのを待っていたとしか思えません。
今は骨壷にはいって静かに眠っています。四十九日が来たら、猫の額ほどもある広大な庭の一隅に埋めてやろうと思っています。獣を人間のように扱うのは——獣にも魂があるかのように考えるのは——多くの西洋人には理解しがたいことかもしれないけれど、そんなに奇異なことでもないですよね。
人間と変わらないそんな骨壷のまえに坐り、「子犬譲ります」という電柱の張り紙を見てもらってきた、まだ元気いっぱいの子犬の頃の写真と、寝たきりになった最近の写真を見比べては、もっとやさしくしてやれたのにな、意地悪して悪かったよ、なんてね、時々つぶやいています。
私は人間が冷たくできているので、ペットロスなどとは無縁ですが、それでも靴が二、三足しか置かれていない三和土を見て、ふと奇妙に思うことがあります。そこに老犬が横たわっていないのが何か物足りないような。七ヵ月のあいだに慣れてしまったんですね。でも、いないことにもやがて慣れるでしょう。さよならだけが人生だ、とは井伏鱒二の名訳ですが、さよならに慣れるのもまた人生、なんてね。介護と悔悟と喪失は人を哲学者にします。
(たぐちとしき:ローレンス・ブロックのマット・スカダー・シリーズ、バーニイ・ローデンバー・シリーズを手がける。趣味は競馬とパチンコ)
横山啓明
仕事の合間に画集や写真集を眺めたり、詩集などを拾い読みして
気分転換をすることが多い。小説はダメ。のめりこんでしまうので
仕事に支障をきたす。
先ほど、仕事机の脇の本棚から『空間 建築 身体』という本を
引っ張り出し、読みはじめたら、これが失敗。あっというまにン十分。
まずい。
この本、建築を空間体験という観点から語っており、帯にもこうある。
「とらえどころのない空間を、いかにとらえるか」。
数年前に読んだ本だが、再読してもやはり面白く、スリリング。
この本で紹介されているわけではないが、去年、フランスの
ランスにオープンしたルーブル美術館別館へ行きたくなってし
まった。SANAAのあの建築、ぜひ、体験しなければ。
そう、SANAA建築、家から自転車で数分のところにひとつある。
アパートメントなのでなかを見ることはできないけれど、
外からは眺められる。ふふふ、いいでしょ。えっ? 住む
ほうがいい? たしかに。
(よこやまひろあき:AB型のふたご座。音楽を聴きながらのジョギングが日課。主な訳書:ペレケーノス『夜は終わらない』、ダニング『愛書家の死』ゾウハー『ベルリン・コンスピラシー』アントニィ『ベヴァリー・クラブ』ラフ『バッド・モンキーズ』など。ツイッターアカウント@maddisco)
鈴木恵
必要があってチャンドラー『ロング・グッドバイ』を読み返したところ。続いてアルトマン監督の映画《ロング・グッドバイ》も観たんですが、こちらは初めて。しかしこれはなんと言うか、原作の叙情の源をばっさりと切って捨てたという感じですね。驚きました。驚きついでに、もうひとつ大発見。この映画でマーロウが乗っている車(写真左)は、なんと、《探偵はバーにいる》で大泉洋と松田龍平が乗ってる車(写真右)にそっくり!
——て、ほどでもないですね。すいません。そろそろ寝ます。おやすみを言うのは少しだけ寝ることだ(P・マーロウ)
(すずきめぐみ:文芸翻訳者・馬券研究家。最近の主な訳書:ウェイト『訣別のトリガー』 バリー『機械男』など。 最近の主な馬券:なし orz。ツイッターアカウント@FukigenM)
白石朗
すでに告知CMが流れ、BS放送局 Dlife のサイトのトップページでは(放送バージョンとは異なる)予告CMも公開されていますが、スティーヴン・キング原作、スティーヴン・スピルバーグ総指揮のテレビドラマ〈アンダー・ザ・ドーム〉が、アメリカでの放送開始からわずか四カ月で日本でも放映されることが決まりました。資料によれば、初回放映は全米で1350万人が視聴したとかで、いやがうえにも期待が高まります。ちなみに筆者は、第1回放映前に公開された予告篇(たとえば http://www.youtube.com/watch?v=u_J_iF83YUY )以外の情報をシャットアウトして、ドラマにそなえています。というのも原作の設定を借りつつ大胆なストーリー改変がキング公認のもとでほどこされている、という話だからです(この件についてのキングの意見は こちら )。毎回の予告篇らしきものをうっかり見ちゃったら、原作とどこがちがうかわかっちゃうもんね。
第一回の先行放送は 9/29(日)0:40〜、再放送は同日23:00〜の予定。本放送は10月以降とのことで、これにあわせて原作『アンダー・ザ・ドーム』の文庫版が全四巻で刊行されます。1巻と2巻が10月、3巻と4巻が11月刊行予定。
そうそう、忘れちゃいけない、来月9月には『11/22/63』をおとどけします。イチイチ ニイニイ ロクサン——この題名は、1963年11月22日、すなわちケネディ暗殺の日付です。原著刊行は2011年ですが、暗殺事件からちょうど50年という節目の年に翻訳をお届けできることになりました。この作品についてはいろいろ語りたいこともあるのですが、「時間旅行者が現在と過去をつなぐ“穴”をつかって過去へ行き、ジョン・F・ケネディ大統領の暗殺を阻止しようとする話」——というにとどめておきます。と、その舌の根もかわいてませんが……あの……あのですね……や、もちろん贔屓目もありますが……控えめにいって……ええい、いっちゃえ——傑作だと思います。
(しらいしろう:1959年の亥年生まれ。進行する老眼に鞭打って、最近はワープロソフト〈松風〉で翻訳。最新訳書はアウル『聖なる洞窟の地』、グリシャム『自白』、ブラッティ『ディミター』、デミル『獅子の血戦』、ヒル『ホーンズ—角—』など。ツイッターアカウント@R_SRIS)
越前敏弥
長らく地獄の業火に焼かれていましたが、先週末に訳了。ダン・ブラウン『インフェルノ』は11月末の刊行です。
月末訳了だった予定が1週間早まったのは、週末の金沢&福島読書会を身重のまま迎えたくなくて猛然と作業を進めたから。おかげで楽しい週末を過ごさせてもらいました。至れり尽くせりで歓迎してくれた金沢&福島のみなさん、どうもありがとうございました。
今回は課題書が『氷の闇を越えて』&『解錠師』のスティーヴ・ハミルトン祭りということで、両読書会共通レジュメが配付されました。右上のシルエットの人物は、福島世話人のS氏によると、大宮駅の新幹線ホームへ向かうわたしだそうです。
金沢は今回が初開催ですが、去年わたしもお世話になった金沢ミステリー倶楽部のメンバーが半数、新しいメンバーが半数という感じで、最初からエンジン全開。さっそく北國新聞の取材を受け、翌日記事を載せてもらいました。今後が楽しみ。
福島には福島県民のかただけではなく、山形県、茨城県、宮城県(仙台読書会世話人のM氏)からも参加があり、掛け値なしの大盛況。終了後には世話人S氏による金庫解錠の実演(!)まであり、充実の3時間。おまけに去年からずっと食いたかった浪江焼きそばにありつけ、ひとりだけ大盛りを注文したら、美味ながらとてつもないものが……(左の普通盛りが通常の大盛りサイズ。左が550円、右が700円!)
さあ、札幌では味噌ラーメンのはしごをやったし、つぎはどこの読書会へ行って何を食おうか……
(えちぜんとしや:1961年生。おもな訳書に『解錠師』『夜の真義を』『Yの悲劇』『ダ・ヴィンチ・コード』など。趣味は映画館めぐり、ラーメン屋めぐり、マッサージ屋めぐり、スカートめくり[冗談、冗談]。ツイッターアカウント@t_echizen。公式ブログ「翻訳百景」 )
加賀山卓朗
ちょっとまえ、ネットに興味深い記事がのっていた。フェイスブックの「いいね!」に「言論の自由」を認めるかどうか。そう、酔っ払ったときなどやたら押したくなるアレです(違)
なんでも保安官事務所で働いていた人が、上司の保安官の対立候補のページで「いいね!」をクリックしたところ、再選された上司に、おまえ選挙で敵を応援しただろうとクビにされたのだとか。別の記事によると、あと5人、同じ理由でクビになったそうです。
言論の自由と、解雇された人の救済は別問題という気もしますけど、とにかくいまのアメリカの判例では、「いいね!」に言論の自由は認めない、なぜなら憲法が保護する「実体のある声明」ではないから、となっているようです。しかしこれには、大統領候補者支持の看板(”I Like Ike”)を自宅の庭に立てること(こちらは言論の自由)とどうちがうんだという反論もあって、なんだか反論のほうが説得力があるような……。
もし本当にクリックひとつでクビになったのなら気の毒ですが、これにかぎらず、今後「いいね!」による名誉毀損とか、秘密漏示とか、詐欺とか、ストーカー行為とか、いろいろ出てきそうですね(もうある?)
(かがやまたくろう:ロバート・B・パーカー、デニス・ルヘイン、ジェイムズ・カルロス・ブレイク、ジョン・ル・カレなどを翻訳。運動は山歩きとテニス)
上條ひろみ
暑い八月は、さむーい冬のデントンで、おなじみのフロスト警部がぼやきながら捜査する『冬のフロスト』に助けられました。「よし、今度こそ!」と思うたびにあてがはずれ、使えない部下は期待どおりにポカをやり、どの事件もいつまでたっても未解決のままで、正直ぐちゃぐちゃのまま終わるのか?と不安になるほどだけど、このグダグダ感がたまりません。ばっちくてお下劣だけど、愛にあふれたフロスト警部。このギャップもいいんだな。
衝撃的だったのは『ゴーン・ガール』。きれいに予想が覆されて快感でした。なんて緊張感のある結婚生活……背筋が凍って暑さも忘れます。
さて、もうすぐ宝塚歌劇月組公演「ルパン」の東京公演がはじまります。ちなみに、この公演を受けて「ミステリマガジン9月号」が「魅惑のタカラヅカ」特集だったのにはのけぞりました。大好きなミステリとタカラヅカのコラボ! こんな日が来るとは……「おれは今日まで、生きていてよかった!」byアンドレ@「ベルばら」
(かみじょうひろみ:英米文学翻訳者。おもな訳書はジョアン・フルークの〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、カレン・マキナニーの〈朝食のおいしいB&B〉シリーズなど。趣味は読書とお菓子作りと宝塚観劇)