何冊も出ているシリーズもの、面白そうなのがあるけれど前作を読んでいないと話がわからないでしょ? つまらないよね? と思っていらっしゃるそこのあなた!
 そんなことないんです。そういうためらいのせいで、お好みかもしれない本を読み逃すなんてもったいない!

 今回ご紹介するシリーズものは、二〇〇四年に第一作『沈黙の森』が出た、C・J・ボックスの猟区管理官ジョー・ピケット・シリーズ(講談社文庫/野口百合子訳)です。最新作の『鷹の王』まで、十一冊が刊行されています。
 よく続いてきたものだ、と訳者としてもしみじみ思いますね。なにしろ翻訳小説が厳しい時代を迎え、さらに冒険サスペンスのジャンルが下火になり、どんなシリーズものでもだんだんと右肩下がりになるのが当たり前という状況でしたから。
 それでも続いてきたこのシリーズには、しぶとい魅力があるわけです! どんな魅力なのか、そして途中からでも大丈夫で読みはじめるならこのあたり、いう話をこれからさせていただくのですが、ちょっとお知らせも。
 未訳だった二作目 Savage Run は電子書籍オリジナルで今年講談社から出る予定です。既刊は六月末にすべて電子化されて、いつでもどれでも読める状態になりました。

 まずは本シリーズの特色を。主人公はワイオミング州猟区管理官ジョー・ピケット、大自然を舞台に謎とアクションが展開する、いまや翻訳ミステリー界では希少となった冒険サスペンスです。冒険ものが大好きなわたしは自分が楽しむと同時に、おおげさですが、「この路線の火をたやすまい」という使命感(?)すら抱いて訳してきました。
 
 とにかく、ヒーローがいいんです。ジョー・ピケットは愛妻家で子煩悩な家庭人であると同時に、猟区管理官という仕事にかぎりない誇りを抱き、善悪があいまいな世界でけんめいに法の正義を貫こうとする頑固な男。その信念のせいで組織とぶつかり、地元の大物とぶつかり、ときには愛する家族を危険に巻きこんでしまうこともあります。
 猟区管理官という職業は日本では馴染みがありませんが、出会う相手(おもにハンター)はほぼ全員が武装している広大な担当地区を一人で受け持ち、大自然の中をピックアップ・トラックや馬で、ときには徒歩で動きまわります。刑事でも探偵でもないけれど、じつは危険な任務をこなす、孤独で、ユニークな法執行官――こういう人間を主人公に据えたのが、面白いところです。
 そして、ジョーと並ぶヒーローと言っても過言ではない登場人物、ネイト・ロマノウスキの存在も大きな魅力。元特殊部隊員で鷹匠のネイトはジョーに命を助けられて恩義を感じ、ピケット一家のピンチに駆けつけるのですが、このネイトが、いやもう、惚れ惚れするほどかっこいいんですよ。銃の名手にして孤高のアウトローである彼は女性にモテモテで、ジョーの妻でさえよろめきそうになったほど。読者のあいだでもネイトの人気は高く、『鷹の王』など、彼が主人公でジョーが副主人公となる作品も書かれています。

 さらに、毎回登場する悪役がそれぞれ強烈な存在感を放っているのも特筆に値するでしょう。彼らに敢然と挑んで決して屈しない主人公の、胸のすく闘いぶり――これが、かのディック・フランシスの後継者と作者ボックスが評される所以かもしれません。
 そして、三人の娘がいるピケット一家のファミリー・サーガ的な要素、ワイオミング州の大自然のすばらしい描写、一作ごとに現代アメリカを象徴するテーマを盛りこんでくる作者の鋭い視点、ミステリーとしても高いクォリティ――長く続いているシリーズとして、ほんとうによく水準を維持していると思います。訳者の贔屓目ながら、年末のベストテンでもう少し注目されてもいいのに、と歯がゆく感じることもありました。

 さて、途中からでも大丈夫、の話に行きましょう。どのシリーズものもそうだと思いますが、初めての読者でも入りやすいように各作品にキャラクターや設定の説明がうまく挿入されているので、途中から読んでもまずノー・プロブレム! です。
 とはいえ、やはり中でも出色の作品から入れば、ほかのものも読んでみようかという気になっていただけますよね。まあ、王道はやはり、各種新人賞を総なめにしたデビュー作『沈黙の森』からでしょうか。既刊中いちばんの短さですし(笑)。
 そして、最短コースで最新作へつなぎたいという方々へのお薦めは、『凍れる森』『震える山』『フリーファイア』『狼の領域』『鷹の王』。どれもハズレなしの、訳者保証つき傑作です。

 

野口百合子(のぐち ゆりこ)
 今年は A Game of Birds And Wolves(東京創元社より刊行予定)という原題のノンフィクションの仕事にとりかかります。〝鳥〟は英国海軍婦人部隊員、〝狼〟はドイツ軍のUボートのこと。あのUボート群に対して若き女性たちがどんな戦いをくりひろげたのか……第二次大戦の知られざる歴史を描く話題作なので、楽しみにしていただけると嬉しいです。
 そして、前にこちらで告知させていただいたフェア「いま翻訳者たちが薦める一冊 憎しみの時代を超える言葉の力」各地で展開中です。どうぞよろしくお願いいたします。