ハーイ、私、未来からやって来たあなたです。フェリクス・J・パルマの『時の地図』を読んで、あんまり面白かったから、ある有名な方法でタイムリープしてきたのね。読もうかどうしようか、今あなたが迷ってるのを知ってるから、強力プッシュで奨めようと思って。

 舞台は一九世紀末のロンドンで、金持ちの青年が貧しい娼婦に恋するんだけど、彼女は切り裂きジャックに殺されちゃう。その頃、西暦二〇〇〇年への時間旅行を体験させる会社が大評判で、青年はその会社に過去へ連れていってほしいと頼みにいく。恋人が殺される直前に戻って、殺人を阻止するためにね。

 というのが発端で、さあそこから、ところが、ところが、ところがの連続。時間旅行やパラレルワールドというSF的な仕掛けを駆使したファンタジーで、ある登場人物の名前がギリアムなのは作者の目くばせだと思うけど、テリー・ギリアムっぽい華麗でダークなファンタスマゴリアの世界が展開して、もう楽しいったらありゃしない。

 ヴィクトリア朝ロンドンの悪の華咲く裏町探訪、ライダー・ハガードばりの秘境探検、未来の苛烈な最終戦争、H・G・ウエルズら実在の人物の活躍、ジャック・フィニィ風ロマンス(といえば、こうして未来人の私が手紙を書いている理由もわかってくれるよね。これは私から私への自己愛的「愛の手紙」ってわけ。うふ)。

 ミステリーの要素もちゃんとあるよ。途中であなたは「でも、この小説で起きることって結局——」と思うんだけど(断定してごめん、でも私は知ってるから)、それが終盤でまたどんとひっくり返される。そのひっくり返しをもたらすのが一種の不可能犯罪で、びっくり仰天の謎解きがあるんだ。

 そしてラストで、ああこの世に物語というものがあってよかったという至福の喜びがこみあげる。幸福な読後感という点でもこの小説はお奨めです。この喜びに導かれて、コニー・ウィリスの『犬は勘定に入れません』、サラ・ウォーターズの『半身』『荊の城』、ミシェル・フェイバーの『天使の渇き』(絶版だけど)といった他の疑似ヴィクトリア朝小説に手を伸ばすのもいい。知っている世界なのに新しいパラレルワールドを訪問するためにね。

 というわけで、ぜひ読んでみて。何しろあなた自身が面白さを保証してるんだからハズレっこなし! 読んでくれないと未来が変わって、このロト6の……むにゃむにゃ。

 じゃ、そろそろ自分の時代に帰るね。例の有名な方法で。さようなら……さようなら……土曜日の実験室……。

黒原敏行(くろはら としゆき)1957年和歌山県生まれ。東京大学法学部卒。翻訳家。主な訳書に、フェイバー『天使の渇き』、バート『ソフィー』、マイクルズ『儚い光』、フランゼン『コレクションズ』、マッカーシー『すべての美しい馬』『越境』『平原の町』『血と暴力の国』『ザ・ロード』『ブラッド・メリディアン』、コンラッド『闇の奥』、シェイボン『ユダヤ警官同盟』、ほか多数。

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