皆さま、お久しぶりです。2年前の8月に月替わり翻訳者エッセイを書かせていただいた久山葉子と申します。その際は、地球の北の片隅でひとり、悶々とスウェーデンおよびスウェーデンミステリのことばかり考えている女のうっぷんを晴らすような独白にお付き合いくださり、ありがとうございました。

 さて、スウェーデンでは先日11月6日〜8日に〈スウェーデン・ミステリフェスティバル〉が行われ、ここぞとばかりにみっちり3日間参加してきました。かなり濃い内容の3日間だったので、それを独りで抱えているのももったいないし、ということでこちらのサイトでスウェーデン・ミステリに興味のある方々とシェアさせていただければと思います。

 実は今、日本に向かっています。やっとストックホルムの空港までたどり着いたところなのですが、ヘルシンキ行きの便の搭乗まであと2時間……。それまでにこの記事を書き上げなければいけません。普段雑誌の記事を書くときには文字制限がありますが、今日は文字制限がない代わりに時間制限があるという、なんだか不思議な状態です。ライターというよりは、ラジオのDJのような気分。さて、無駄話はこれくらいにして、さっそくいってみましょう!

〈スウェーデン・ミステリフェスティバル〉は、今年で3回目になります。2年前の第1回目には超特別ゲストとしてマイ・シューヴァルさんが登場しました。わたしの中ではほぼ“伝説の偉人”という位置づけの方でしたから、生シューヴァルに会えるなんて感激!!というより、まだご存命だったのですね……という類の驚きでした。かなりご高齢でしたが、相変わらずの毒舌は絶好調で。私は当時たまたまヴィヴェカ・ステンの『静かな水のなかで』をリーディングしたところだったので、ヴィヴェカさんにご挨拶しに行ったんです。そうしたら隣にマイ・シューヴァルさんがいらして、ヴィヴェカ・ステンさんは彼女に気を使ったのか「あなたの作品はもちろんとっくに日本語に訳されてますよね?」と話を振ったのでした。するとマイ・シューヴァルさんはいきなり私に向きなおり、「あのねえ、あたしの本は全部英語から訳されちゃってんのよ。どーなのよ、それって!」頭ごなしに文句を言われました。突然の展開に、関係者でもないのに「すいません……」と謝るわたし。あれから2年という月日が流れ、日本では柳沢由実子先生の訳でスウェーデン語からの新訳が出ましたね。マイおばあちゃん、きっとご満悦かと思います。その年のフェスティバルには他に、アルネ・ダール、ルースルンド&ヘルストロムなどの有名作家が登場しました。

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 第二回の去年は、日本でも知られている作家さんではヨハン・テオリンやオーサ・ラーションが来ていました。

 第三回目となる今年は、アンデシュ・デ・ラ・モッツ、アンナ・ヤンソン、アンデシュ・ルースルンド、カーリン・イェルハルドセン、さらに来年以降日本で刊行される予定の作家さんたちの講演を聴くことができました。その他にも、ミステリ研究家で、スウェーデン推理小説アカデミーの会員でもあるシャシュティン・ベリマン氏によるスウェーデンミステリ概論的な講義をいくつも拝聴することができ、至福の3日間となりました。ああ、もう、搭乗まであと1時間を切りまして、今回の記事ですべてお伝えすることはできないのですが、もっとも旬と思われるネタだけはご紹介したいと思います。

 ミステリフェスティバルの会期中、スウェーデン推理小説アカデミーが選ぶ〈最優秀ミステリ賞〉および〈最優秀翻訳ミステリ賞〉の候補作品の発表記者会見が開かれましたので、今日はその様子をお伝えしたいと思います。なぜ旬かというと、受賞発表日が11月22日と、目前に迫っているのです。

 スウェーデン推理小説アカデミーについて少し説明させていただくと、設立は1971年、24名の会員のうち半数がミステリ作家、半数がミステリ研究家・批評家などの知識人で成り立っています。その会員たちが毎年、〈最優秀ミステリ賞〉〈最優秀翻訳ミステリ賞〉〈最優秀新人賞〉を選ぶのです。これまでの受賞作は、日本語のウィキペディアに詳しく書かれています。

 今年スウェーデンでは実に170作ものミステリが刊行されました。そこには人気作家のシリーズ最新作だけでなく、自費出版のような作品も含まれていますが、日本の十分の一以下の人口であるスウェーデンではかなりの数と言えます。会員の方々はアカデミーに送られてくる刊行作品をすべて読んで、優秀な作品を絞っていきます。

 2014年の〈最優秀ミステリ賞〉にノミネートされたのは以下の5作品。

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Tove Alsterdal: Låt mig ta din hand

Thomas Engström: Söder om helvetet

Michael Hjorth och Hans Rosenfeldt: Den stumma flickan

Olle Lönneaus: Jonny Liljas skuld

Katarina Wennstam: Skuggorna

(順不同)

 日本の皆さんもご存じのところでは、M・ヨート&H・ローセンフェルトの『犯罪心理捜査官セバスチャン・ベリマン』の4作目が入っています! 日本では来年1月に2作目が刊行されますが、スウェーデン・ミステリでは珍しいコメディータッチのこちらのシリーズ、関西人のわたしも大ファンです。2作目も強烈なセバやん節絶好調ですので、ぜひ読んでみてくださいね。

 一番目に挙がってるトーヴェ・アルステルダールは、これまでシリーズではなくスタンドアローンの作品を2作発表し、高い評価を受けています。その1作目が来年くらいに日本でも刊行になるはず。今回3作目が〈最優秀ミステリ賞〉にノミネートされています。

 二番目のトーマス・エングストレームは去年新人賞を受賞し、今年はシリーズ2作目が〈最優秀ミステリ賞〉にノミネートされている、将来有望な若手作家。一作目のタイトルに東、二作目のタイトルに南が入っていますので、東西南北シリーズということですね。舞台はスウェーデンではなく、世界中を股にかけてあちこち飛ぶようです。

 さて次は、〈最優秀翻訳ミステリ賞〉のノミネート作品5作です。

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ベリンダ・バウアー: The Facts of Life and Death

Jørn Lier Horst: Jakthundarna

フィリップ・カー: A German Requiem(『ベルリン・レクイエム』)

ジョー・ネスボ: Sonen

Olivier Truc: Fyrtio dagar utan skugga

 日本でも紹介されている作家さんはカタカナにしてみました。ジョー・ネスボは言わずと知れたノルウェーのベストセラー作家ですね。ノミネートされている作品はハリー・ホーレのシリーズではなく、ソニー・ロフトヒュースという男を主人公にした新しいシリーズ。こちらに英語の説明がありました。

 最後のオリビエなんとかさんとおっしゃる方はフランス人で(だからわたしには名前が読めないのです、すみません)、ストックホルム在住のジャーナリストだそうです。このたびノルウェーの北極圏カウトケイノを舞台にしたミステリでデビュー。フランス語で書いたので、スウェーデンでは翻訳作品扱いになります。フィンランド在住のアメリカ人作家ジェームズ・トンプソンの作品は面白かったし、このフランス人の方にも期待してしまいます。北欧人が北欧人のために書いた北欧ミステリを読むのもいいですが、外国人が北欧を舞台にして書いた作品はやっぱり日本人には読みやすいですよね。

 新人賞に関してはノミネートはしないのですが、モデレーターのシャシュティン・ベリマンさんが個人的なイチオシ作品をいくつも教えてくれました。今年話題になった新人作家は女性が多かった気がします。衝撃的な内容の作品も多く、従来のスウェーデンミステリのイメージを打破するような作品がどんどん出てきている印象です。広告代理店勤務の女性が書いた自費出版の作品が面白いと話題になり、大手出版社から刊行されることになったという、ちょっとしたシンデレラストーリーもありました。こちらの版権は日本に売れているので、来年あたり刊行されるのではないかと思います。

 さて、ちょうど搭乗も始まりましたので、今回はこのへんで失礼いたします。次回以降は、拝聴した作家さんの講演や、スウェーデンミステリ概要についての講義について書きたいと思います。

久山葉子(くやま ようこ)西宮市出身。スウェーデンの田舎町より日本へミステリを紹介中。主な訳書:ランプソス&スヴァンベリ『生き抜いた私 サダム・フセインに蹂躙され続けた30年間の告白』、モンス・カッレントフト『冬の生贄』 ツイッターアカウントは@yokokuyama

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