この作品は、2012年、江原道にある町で実際に起こった事件をモチーフにしているが、ルポや告発小説とは異なる。ソン・イナ、ユン・テジン、ソ・サンファという主人公を通して、一見平和そうな田舎の小さな町の裏側を生々しく描く。そこには富の分配から疎外され、不条理な生活を強いられた人々がいる。著者のチェ・ウンミは、陟州を金と権力によって手中に収めようとする者たちが現れるのも、私たちの生きている社会に問題があるのではないかと問い続ける。

【書誌情報】
Woman’s Best 11 韓国女性文学シリーズ8
『第九の波』아홉번째 파도
チェ・ウンミ著 橋本智保訳
四六、並製、384ページ
定価:本体1,900円+税

 本書は韓国女性文学シリーズの8冊目にあたる。作家のチェ・ウンミは1978年生まれ。本作が長編小説第一作である。2018年に大山文学賞を受賞。緻密な描写力と卓越した洞察力が高く評価された。満たされぬ孤独と、うちに秘めた愛の物語は、社会の荒波に翻弄され、波に呑まれそうになりながらもひたむきに生きようとする若者たちの姿を描く。

 本書が書かれた2012年といえば、日本での2011年に起こった東京電力福島第一原子力発電所事故が起こった東日本大震災の翌年だ。

 1号機から4号機まで次々に爆発、メルトダウンを起こし、大爆発は世界中に伝播された。日本では、その前年までどの電力会社も新しい原発を作るためにせっせと地域での説明会を行っていた。原発がやってくれば、大きな金が動き、雇用が促進され、町は発展する、と説明された。説明会では、地球温暖化の勢いを止めるのに原子力発電こそ、クリーンなエネルギーであり、原子力は町の発展のための救世主のようにおもわせられたのだ。

 しかし、福島原発事故の勃発でそれらの予定はすべて、白紙となった。まもなく10年を迎える福島では、廃炉も汚染水の問題も何一つ、解決してはいない。

 この『第九の波』の舞台はまさにその原子力発電所が誘致されようとする架空の町である。韓国で実際に起こった事件をモチーフにしているだけに、得体のしれない、不気味な雰囲気が徐々に伝わってきて、心が冷える。
 物語は、父親の死と恋人との別れという大きな心の傷を追って町から出ていった主人公ソン・イナが、18年の時を経て、町に戻ってきたところから始まる。

 町の保健所の職員になったソン・イナは、密かに心惹かれるようになった部下のソ・サンファたちと、病院や薬局の内部調査を進めていくうちに、患者たちへの薬の過剰投与や、薬局のずさんな管理体制などが明るみに出る。

 町では、原子力発電所の誘致を巡って、賛成派と反対派が激しく対立していた。疑心暗鬼の思惑が渦巻き、町の人々は二分される。反対派は誘致賛成の市長へのリコールに動き、起死回生を夢みて署名集めに奔走する。追い詰められる誘致賛成の市長派。利権がからみ、金と欲望が渦巻く小さな町。古くから根を張る新興宗教団体の信者が、ある種の薬中毒になっているのではないかと疑い、情報を集めるイナたち。裏切り者はいったい誰なのか。
  
 かつての恋人の身に起こったことと父親の死の真相を追ううちに、彼女もまた、得体のしれない闇の手に摑まれそうになる。イナは恐怖に勝てるのか、そして、真相にたどりつけるのか。
 リコール投票日の前日、物語はクライマックスへと向かう。

『第九の波』は、韓国女性文学シリーズのこれまでの二作『七年の夜』『ホール』とはテーマの異なる社会派ミステリーとでも呼びたい作品である。恋人や家族との愛憎もからみ、独特のねじれ方をする。

著者:チェ・ウンミ(崔銀美/최은미)
 1978年、江原道インジェ生まれ。東国大学史学科を卒業したあと、仏学研究所に勤める。2008年『現代文学』の新人推薦に短編小説「泣いて行く」が当選し、作家としてデビュー。いま最も注目される作家の一人である。
 小説集に『あまりに美しい夢』『目連正伝』、中編小説に『昨日は春』、長編小説には『第九の波』がある。2014、2015、2017年と続けて若い作家賞を受賞。本書『第九の波』は、緻密な描写力と卓越した洞察力が評され、2018年大山文学賞を受賞した。どの作品にも著者の仏教的な世界観が垣間見られる。
訳者:橋本智保(はしもと・ちほ)
 1972年生まれ。東京外国語大学朝鮮語科を経て、ソウル大学国語国文学科修士課程修了。
 訳書に、鄭智我『歳月』、千雲寧『生姜』(ともに新幹社)、李炳注『関釜連絡船(上・下)』(藤原書店)、朴婉緒『あの山は、本当にそこにあったのだろうか』(かんよう出版)、クォン・ヨソン『春の宵』(書肆侃侃房)、ウン・ヒギョン『鳥のおくりもの』(段々社)、キム・ヨンス『夜は歌う』(新泉社)など。
◆イベント情報◆
『第九の波』刊行記念
チェ・ウンミさん×小山田浩子さんトークイベント


 韓国女性文学シリーズ・チェ・ウンミ『第九の波』が書肆侃侃房より9月に刊行されました。本書の刊行を記念して、著者のチェ・ウンミさんと小説家の小山田浩子さんによるオンライントークイベントを開催します。

日時:2020年9月26日(土)16:00~18:00
出演:チェ・ウンミさん(『第九の波』著者)、小山田浩子さん(小説家)
配信方法:ZOOM(定員100名)
※イベントURLは、9月24日(木)までにお申込みいただいたみなさまに、一斉メールさせていただきます。それ以降お申込みの場合は、イベント当日の12時までにメールをお送りいたします。
参加費:無料
主催:書肆侃侃房
後援:韓国文学翻訳院
お問い合わせajirobooks@gmail.com(担当:加藤)

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