1『静かなる天使の叫び』R・J・エロリー(集英社文庫)

2『犬の力』ドン・ウィンズロウ(角川文庫)

3『真昼の非常線』リサ・ブラック(ヴィレッジブックス)

4『余波』ピーター・ロビンスン(講談社文庫)

5『震え』ピーター・レナード(ランダムハウス講談社文庫)

6『時限捜査』ジェイムズ・F・デイヴィッド(創元推理文庫)

7『バッド・モンキーズ』マット・ラフ(文藝春秋)

8『ユダヤ警官同盟』マイケル・シェイボン(新潮文庫)

9『ベツレヘムの密告者』マット・ベイノン・リース(ランダムハウス講談社文庫)

10『州知事戦線異状あり!』トロイ・クック(創元推理文庫)

 作品に対し程好い距離を取りつつ、読書できる。これは翻訳ミステリーに接するときの魅力の一つであろう。

 例えば、4位のピーター・ロビンスン『余波』は連続少女殺人とドメスティック・バイオレンスを物語の主軸に置いているのだけれど、舞台は北イングランドの田舎町で、季節の移ろいを感じさせる叙情的な風景描写も読みどころだ。残虐な事件が、この日本ではない、どこか別の場所で起きている、という安心感が私たちに心の余裕を与えてくれる。でありながら、その遠い国であっても、悲惨な状況に遭えば人は同じ思いを抱くものだとも感じる。ここが重要だ。

 主人公のアラン・バンクスは警視代行という高い地位にあるのだが、感受性の強いデリケートな人物として設定されている。被害少女の家族に聞き込みをするとき、表面上はドライに接している。しかし内面では自身の少年期を回想したり、娘について思いを馳せたりと、目まぐるしく情動が波打つ。このあたりの心象風景に接すると、どこに住もうが、どこの国籍であろうが人は皆同じだ、と読者は感じずにはおれないだろう。

 遠い場所に住んでいるけれども自分とさほどかけ離れていない人と小説のなかで出会う(あるいはその人に変身した気分になる)ことで、読者は空想上ではあっても日本を飛び出し、世界中、地球そのものと一体化したような解放感を得るのだ。これが本作に限らず、翻訳ミステリー全体にほぼ共通する魅力であり、国内ミステリーでは味わえないものなのである。

 スケール感の大小、と言ってもいいかもしれない。『余波』を1位にしなかったのは、このスケール感と関係していて、つまりもっとパワフルな感触のものを上位にしたのだ。1位のR・J・エロリー『静かなる天使の叫び』はアメリカ・ジョージア州が舞台の中心で、やはり連続少女殺人を扱っている。犯人捜しのプロセスが三十年以上にも亘るのである。この間、探偵役を務める主人公は作家志望の少年から本当の作家に成長する。自身が絶望の淵に何度も立たされながら必ず這い上がる執念深さと捜査プロセスが重なり合い、つまり地理的なものにとどまらず、時間の積み重ねによる主人公の情動のうねりに多くの読者は圧倒されるに違いない。

(つづく)