(承前)

 1位は、今年最もオシャレだったフレンチ・ミステリ。美人女子大学生オルタンスは金物屋が次々と襲われる事件に巻き込まれた。一方、彼女がバイトで勤めるパン屋には彼女目当ての客が殺到し、事件そっちのけで町中が大騒ぎとなるが・・・。ニヤニヤしてしまうような珍事件、怪現象が次々と起き、奇妙な登場人物たちや高貴な猫、果ては作者までがドタバタと入り乱れる愉快なミステリだ。そのおもしろさ、楽しさは、かつて大ヒットしたフランス映画『アメリ』(二〇〇一)を彷彿とさせる。というわけで『アメリ』ファンは必読。未訳の続編もぜひ出して欲しいなあ。

 2位は、純粋ミステリではなく、知る人ぞ知る十九世紀末のカルト幻想作家による名短編集。〈奇妙な味〉の嚆矢ともいえる怪奇幻想譚とサスペンス奇談が多数収録されている。しかし傑作ぞろいなのに、なぜか話題になっていない。なぜだ!というわけでエントリー。オブライエンは十九世紀末に活躍した異能の小説家で、サンリオSF文庫から短編集『失われた部屋』が出ていたが(この表題作も不気味で怖かったなあ!)、その時も味わいのある筆致と奥の深い物語性ゆえに、一部の好事家の間で「すごい作家だ!」と話題になった。今回もぜひ話題にして欲しい。

 3位は、一九三九年と四十年に放送されたエラリー・クイーンのラジオ・ドラマ集。謎解きの醍醐味と本格ミステリのすばらしさが満喫できて、ああ幸せ。クイーン先生が書いたモノなら、エッセイでも、手紙でも、領収書でもいいから読みたいというのは、熱狂的なファンなら誰もが持っている素直な気持ちだろう。その夢が実現したのだから、こんなすばらしいことはない。Bravo!

 4位は、名匠シムノンによる本邦書訳の心理サスペンス。仕事に不安を抱え、家族からも裏切られたパリの産婦人科医ジャン・シャポは、ある日〈熊のぬいぐるみ〉のような少女に出会う。しかし、そのおかげで、彼は破滅と絶望へと導かれていった・・・。犯罪に巻き込まれた人間の孤独と悲哀が見事に描かれており、重く暗い物語ながら、シムノン文学の神髄が満喫できる一篇。

 5位は、中世アイルランドの女性法廷弁護士フィデルマの活躍を描く歴史本格ミステリ短編集。彼女の探偵ぶりはスキがなさ過ぎて、逆にそこが不満なのだが、お話そのものはミステリ趣味にあふれていて大変楽しい。長い間封印されていた王の墓から悲鳴が聞こえ、その密室状態の墓室から死体が転がり出てきたり、不可能状況下で謎の毒殺が行われたりと、毎回凝った謎が読者に提出される。紀元七世紀のアイルランドの不思議な雰囲気もビビッドに伝わってきて、読書の愉しさが全開だ。

 6位は、上下巻あわせて千四百ページという超ボリュームの巨大なアンソロジー。ジェフリー・ディーヴァー、ドナルド・E・ウェストレイク、スティーヴン・キング、ローレンス・ブロック、他、全十人の人気作家が中篇を書き下ろしており、どれも巻を置く能わざるおもしろさ。ウェストレイクのドートマンダー物「金は金なり」は他の書籍には読めないので、こちらでぜひ。

 7位は、アイルランドを代表する文学者ジョン・バンヴィルが別名義で書いた文芸ミステリ。ダブリンの病院で死んだ女性の死因の謎を病理医師が追うが、再び不可解な殺人が起きる・・・。こう書くといかにも平板なストーリーに思えるが、そこは一癖も二癖もある物語を書くバンヴィルだけあって、静かだが劇的なドラマが展開する。バンヴィルは初期の不思議な伝記フィクション『ケプラーの憂鬱』『コペルニクス博士』以外に、近年になって『バーチウッド』『海に帰る日』といった主流小説の代表作が翻訳されたばかりである。一筋縄ではいかない凝った文学世界がようやく明らかになってきたわけだが、エーゲ海を舞台としたミステリ色の強いメタ・フィクション・スリラーで傑作と名高い“Nightspawn”は未紹介のままだ。ベンジャミン・ブラック名義も未訳がまだ二作ある。こちらもぜひ訳して欲しいなあ。

8位は、これまた珍しい韓国の歴史ミステリ。四百年前に謎の死をとげた地方官の娘〈阿娘〉の秘話と、現代の男女の愛憎劇が一体化していくおもしろさ。しかも、事件の真相を探る際、李朝の歴史書や百年前の小説、歴史ノンフィクションやアメリカのミステリ映画などが参考素材として論じられる。ある種のメタ・フィクション的なユニークさもあり、これもまた高尚なバカミスといえるだろう。

ありゃ? なんだかバカミス紹介になってきたぞ。ならば勢いをつけて9位はとっておきの、未訳のバカミスを紹介しよう!

“Sherlock Holmes & Kolchak”は、文字通り名探偵ホームズと事件記者コルチャックが時空を越えて怪奇事件を解決する全三巻のアメコミ。ワトスン博士の未発表ファイルを手に入れたコルチャックは、現在の視点から真相解明に挑んでいく。ホームズの活躍とコルチャックの捜査が同時進行で進んでいく。ああ、なんて素敵な夢物語だろう!でも翻訳でないだろうなあ。

 10位は小説ではないが、勢いで入れちゃえ! この本は、ミステリ、SF、ホラー、幻想怪奇のジャンルで偉大な作品を書き残した長老作家リチャード・マシスンのレファレンス本で、150ページにわたる著作リスト、脚本リスト、映像化作品リストがすばらしい。映画監督ロジャー・コーマンとマシスンが2ショットで談笑する、二〇〇五年に撮影された写真が感動的だ。マニアの方なら、この写真の凄さ/意味が、わかるよね?

 以上、最後は大脱線となったが、通常のベスト10には入らないような本でまとめてみた次第。お読み戴きありがとうございます。

 小山正

※今回で「私のベスト10暫定版」は終了いたします。ご愛読ありがとうございました。