現在わが娘は中学1年生であるのだが、小学校の時分からクラスの親子混合の場に顔を出すたびに思うのが、「なんで男の子というのはああもバカなのであろうか」ということなのでした。しかし、無駄に暴れ、叫んでいる連中の狂態を前に眉をしかめているうちに、はたと気づいてしまった——自分も小学生の頃はあんなだったことを。そうだ俺も阿呆であったのだ。高学年になっても友だちと公園で暴れてたしなあ。そんな阿呆因子は中学に上がっても消えることはなく、そこにホルモンの怒濤が加わるので話はなおも悩ましいことになるのですよ。

 中学以上の男子は、女の子のことしか考えていない愚かな生物なのですね。おまけにごくひと握りのリア充を除けば妄想とリアルの乖離に悶々とするばかりの情けない存在で。でも女子にはそれがわからんのです。うちの娘も阿呆な男の子たちを「バカ」の一言で切り捨てますが、でもほら、その「バカ」の向こうに哀しいものがあるんだってば!

 さて、ぼくの息子であるならば、けっしてリア充などにはなっておらず、爽やかな陽光を『うしおととら』の白面の者のような目つきで恨めしげに見上げて悶々としてるだろうという想定のもと、そんな愚息に読ませたいのは『のぞき屋のトマス』(ロバート・リーヴズ)。真面目なんだけどどこか抜けてる大学教授トマスが主人公のミステリ第二作。

 トマスがポルノ産業がらみの犯罪に巻き込まれるというお話で、上質のユーモアが漂う語り口からして素晴らしいんですが、これ、「男子の劣情」の情けなさと可笑しみをきれいに描ききってます。「あるある!」と思うんですね男子なら。さらには、そうした「男子の劣情」が無自覚にはらんでいる性差別的な視線や暴力性も無視してなくて、ラストには、それにまつわる苦味が効かされてます。大人の味です。それも真っ当な。

 自分の劣情はちゃんとコントロールしないといけません

 というかね、いまぼくがいちばん違和感をおぼえるのが、いわゆる「処女厨」ってやつなのです。女性をビッチだ中古だなぞと罵る言説を目にするたびにウンザリ。仮に自分の子が男であったなら、そういうやつにだけはなってもらいたくない。

 ということで、最高にカッコいいビッチ姉さん二人組が大暴れする傑作ブルータル・パルプ『バカなやつらは皆殺し』(ヴィルジニ・デパント)を。いま書いた一行足らずで「あらすじ」は説明がついてしまう、シンプルで威勢のいいお話です。表面上のカッコよさにヤラレてくれるだけでもいいんだけど、できれば、ふたりの主人公の抱えるやるせなさまで読み取ってくれるといいなあ、とも。

 とはいえ、こんな本ばかり読ませると気分的に負けてきそうな気もするので、ぼく自身の少年時代のバイブルのひとつ『A−10奪還チーム出動せよ』(スティーヴン・L・トンプスン)あたりの冒険小説も混ぜておきたい。少年マンガと冒険小説のスピリットは同じですしね。本書は、まだベルリンの壁がある時代、東側に墜落してしまった軍用機に積まれていた秘密兵器を大馬力のクルマを駆るレーシング・ドライバーが奪回するという物語。東に潜入→爆走して追っ手を振り切る→西側に逃げ込む、というだけなのに猛烈にスリリングで、ガンとカーと冒険という男の子の大好きなもの満載です。

 もしこれを気に入ってくれたなら、クライブ・カッスラー『タイタニックを引き揚げろ』とか、アリステア・マクリーン『ナヴァロンの要塞』、デズモンド・バグリイ『高い砦』、ディック・フランシス『大穴』などなど、必殺の傑作は山とあるので夏休みなど一発で消し飛ばせます。

 さて最後に自分で編集した本をひとつ混ぜさせてください(すみませんすみません)。史上最強の童貞ノワール、巨匠ジェイムズ・エルロイの大作『アンダーワールドUSA』。そんなゴツいものガキに読めるかよ!というかたもおられようが、何、わからないところは流して読めばよいのです。そして年を経てから再読して、新たな感動を噛みしめればよいのです。そのとき、読み手としての自分の成長を実感するし、本というものの可能性に感動できるんですもの!

 「すべてを理解しなくちゃいけない」という自縄自縛が——子どもたちでいえば本に付された「××歳むけ」「×学年以上むけ」といった注記が——どれほど多くの読書の可能性を奪っているか、ぼくは憂いているのです。

『アンダーワールドUSA』は3人の主人公をフィーチュアして幕を開けます。そのうちの探偵見習いの23歳の童貞青年クラッチを軸にして読んでみると吉。鬱屈した性癖を持て余して覗きに精を出している彼が、やがて世界を動かす立場にたどりつく。彼と女性とのかかわりも絶妙に青臭くて、でもカッコいい。黒社会の兄貴どもに「糞ガキ」と罵られながら、イタいがゆえにピュアな妄執だけで「アメリカ現代史」を動かすに至る彼こそは、リアル中学男子のみならず、精神年齢がヤングなすべての男子の星だと思うのです。

 さて、自分の食い扶持を考えても、若い読者を増やすことは大事なこと。なので現実世界でも娘に本を実験的にすすめてもおります。

 先週、「読むものがなくなった」と娘が言うので、書庫で数分呻吟して、『九マイルは遠すぎる』と『カー短編全集1 不可能犯罪捜査課』『しあわせの書』『興奮』『GOSICK 1』のセットを渡してみた。カーは読んだらしく、「『GOSICK』おもしろかった」とも言ってたので、こないだ部屋を覗いてみたら『興奮』は手つかずのままっぽい。

 くそっ、『大穴』『度胸』をひそかに待機させてるのに!

文藝春秋N/Twitter ID: @Schunag

前編 もしウチの子が女子中学生だったら(執筆者・吉田伸子)