■シリーズ第2作と第3作『冬を怖れる女』『一ドル銀貨の遺言』の巻・後篇です。前篇はこちら

田口:次は『一ドル銀貨の遺言』にいこう。どうだった?

Y:これは面白かったです。謎の仕組みというか、誰が殺したかわからない状態で探っていく感じが。

田口:設定としては本格といってもいいものだよな。

Y:期待しながら読んだんですが、でも……と言いたくなってしまうのは、最終的な決着のつけ方。犯人の登場の仕方がこれでいいのかなと思ったんですよね。

田口:そもそもさ、犯人を探るためになんで自分を標的にしなきゃならないんだって思うんだよね。もっと別の捜査の方法もあるだろって(笑)。

Y:そこを背負うのは、ハードボイルドな探偵だからなのかな、と納得しました。でも、犯人の見当をつけても次々に間違っていってしまうのが、なんだか情けなくて。

田口:探偵としてもうちょっと考えろよみたいなね(笑)。俺は話としては面白かったんだよ。誰が犯人かっていうよりも、話に全員が関わるようになってるじゃない。こいつが犯人だみたいな見事な推理をやるよりも、誰が犯人でもいいんだけど、ハードボイルドとしてのアンチテーゼみたいな決着にはなってるという気がしたんだけどさ。だからつまり、優れた頭脳でポアロが解決するわけじゃなくて、解決する主体がふらふらしてるところが面白いかなと思ったんだよ。池上冬樹が、スカダーが明らかに本格の探偵と一線を画すのは自分が個人的に事件に関わってしまうところにある、って昔言ってたんだけど、たしかに三作目は自分が事件そのものに感情移入しちゃってるよね。

N:Yと同じく、犯人を追求する過程で目星をつけていた相手が違うとわかったところで、それでも犯人だったに違いないと思っているところにひっかかりました。

田口:あの時点で決めつけることはないよな。

N:そうなんです。でも、話としては魅力的な人物がすごいたくさん出てきて、三人のうち誰かという謎も定型ではあるんですけれど、魅力的な謎だなという印象が強かったです。

田口:最後に結論めいたものが出てきたけど、またページがあって、何が起こるのかと思ったら先が用意してあったのがよかったな。あとは、決着のつけかたも新しかったのかなと。探偵って基本的には何の権限もないわけだよ。一応事件を解決して、馴染みの刑事に引き渡して、と法の中での解決があるのが一般的だった気がするんだよ。そうではなくて、自分の問題として解決しなければいけない部分が出てくるのがスカダーの面白さ。だから、最後の決着がある意味しょぼいっちゃしょぼいんだけど、個人としてやれることはそれしかない。スカダーものはこのあともこんな感じで進んでいくんだけど、この手法の嚆矢かな。この三作目にはそういう色んな要素が含まれてるなっていう気がしたな。この三冊でシリーズが終わってた可能性もあると思うんだよね。木村二郎さんが後で本人にインタビューした話によると、76,7年は全然売れなくて作家を辞めて家に帰ろうかと思っていたんだって。そのときに、作家じゃ食えないから本当に泥棒でもやろうか……ていうのをきっかけに泥棒バーニィを書き始めたらしい。で、『泥棒は選べない』が当たったからスカダーシリーズも四作目の『暗闇にひと突き』からハードカバーになるわけ。でもそれだけじゃなくて、『一ドル銀貨の遺言』が良かったからだと思うんだよな。『冬を怖れた女』と同じ出来だったら続かなかったと思う。

N:そうですね。何かを感じさせる魅力はありますよね。

田口:読みなおすまではシリーズが良くなるのは『暗闇にひと突き』からだと思ってたけど、そうじゃなかったな。

Y:だんだん盛り上がってきている感じもありますね。あとは、どこから読んでも大丈夫なように、説明が丁寧だなという印象もあります。なぜ警官を辞めたのか、なぜ奥さんと別れたのかとか。

田口:ブロックさんも最初からスカダーのキャラクターを決めていたわけじゃないと思うんだ。細かくなっているし。そのターニングポイントが三作目かな。

Y:ペイパーバックでは三作目がラストなんですよね。

N:『一ドル銀貨の遺言』について一つ難をつけるとするなら、スカダーに対してみんな好評価をしすぎではないかというところですね(笑)。初対面の人でも、君はそんなことを言いそうにないから信用するよ、とか言うじゃないですか。どこで判断してるんだろうと。

田口:小説家ってどこかで、えいや、ってやっちゃわないと話を作れないところはあると思うんだよな。最初からリアリティーを突き詰めていくと冒険なんて出てこない。だから、どこか思いきらなきゃいけない部分はあると思うな。でも、どんな人間も会いに行けばスカダーに会ってくれるんだよな。

Y:そういえばそうですね。

田口:普通はありえないと思うんだよ。知事になるようなやつが、一介の探偵に会うとは思えない(笑)。ハードボイルドっていうのはリアリズムで書かれるはずなんだけど、どこかで思いきらないと話は作れない。だから、もっと昔のハードボイルドのほうがリアリズムがありますよ。話は地味になるかもしれないけどね。ネオハードボイルドはそこらへんをぶち壊す。ブロックの書き方は一つの手だったと思う。過程がリアリティを持って書かれていても、そんなのは面白くないよ。今後もそういう部分は出てきます。

N:主人公が好かれたり、あなどれないやつだと思われるところが少年漫画っぽいなと思ったんですよね。主人公が平凡そうな少年だけど実は秘めた才能があって、女の子にもモテて。そこが読んでて楽しいところなのかなと思いましたね。

Y:そう考えてみると、一作目はリアリティに寄っている部分がありましたよね。だからこの三作目あたりでエンターテインメントのほうに寄ってきたのかなと思いました。

田口:そのとおりだね。一般の人を納得させるためにリアリティを出すのは一番手っ取り早いし便利なんだけど、あまり大きな事件って起きない。

N:あとは文体でしょうか。

Y:一作目のときは田口さんが重々しくなるように訳したっておっしゃっていたじゃないですか。二作目、三作目を読んだら、わざと重めの言葉を使ってという感じがそんなに感じられなかったんですよ。そうじゃなくても十分スカダーが思い悩んでいるところは見えてきたんですが、訳していて何か違うなと思ったところはありましたか?

田口:一作目を重くというのは、『八百万の死にざま』『暗闇にひと突き』を訳した後だったからというのがあったんだよ。二作目、三作目は意識しないでも自然にできたんだよね。俺も慣れてきたのかもしれない。あと、『冬を恐れた女』のあとがきを見たら、下訳をデビューまえの芹澤恵に頼んでた。贅沢なことしてたね。でも、すっかり忘れてた。

N:そう言えば、スカダーは拳銃持ってないんですよね。ちょっと意外でした。

Y:『一ドル銀貨の遺言』で俺は拳銃は持たないんだみたいな話がでてきますよね。警察を辞めた理由と繋がったりして、うまいと思いました。

田口:『八百万の死にざま』で一応持たされるんだけどね。

Y:ペイパーバックだと女の人と何か関係を持つっていうのは求められているんですか?

田口:かもしれないね。あ、それはブロックさんに聞いてみようか。少なくとも一箇所は必ずあるもんね。昔ながらのギャング映画とかは、金と女と拳銃のある探偵像があったしな。

『一ドル銀貨の遺言』ネタバレ

Y:スカダー自身をヒーロにしてしまいたいと思ったら、あのラストはないんですよね。暴力を使っても一人で立ち向かっていくみたいな。それをしないっていうのは好感が持てました。

N:三人の犯人候補の中で一番の極悪人の知事が一番軽い罰で済んでる気がして(笑)。他の人は人を害したわけじゃないのにな、っていうのを考えちゃいました。そういう割り切れなさっていうのもハードボイルドの面白さのうちの一つなのかなって思うんですけど、お父さんがやっぱり切なかったですね(笑)。

Y:死に損みたいなところがありますものね。お父さんが自殺したときはスカダーも悩んでるんですけど、それを最後まで引きずるかっていうとそうじゃなくて新しい問題に目移りしていくし。

田口:そうだよな。お父さんも娘かわいさにやっただけで情状酌量の余地があるし、犯罪なわけじゃない。悪いことではあったにしろね。スカダーもそれだけ思うんだったら最後は女と寝ちゃうんじゃなくて、何かしら関わりのあるような終わり方にしてほしいよな。

N:娘さんもすごい良い書き方をされていますよね(笑)。

田口:急にいい人になっちゃってるんだよな(笑)。

N:あれだけ丁寧に描写をされていた割に後に続かなかったですし。

田口:もったいないなあ。

 訳者から最後にひとこと

 早川書房の『ミステリが読みたい!』の鼎談でも話題に出たんですが、この二作、再読して私、拙訳の過去形の多さに自分でびっくりしました。ただ文章のリズムに変化をあたえるためだけに現在形を織り交ぜるという小説の書き方がなんか嫌いだったのは覚えてるんですがね。今でもそれは変わらないけど、若かったんですねえ、頑固だったんですねえ。今はずいぶんと丸くなって、だいぶ現在形も増えました。

 次回は『暗闇にひと突き』です。私の記憶ではこのあたりからいよいよスカダーっぽくなるはずなんですが、さて、読み返してどんな発見ができるか、けっこう愉しみ。

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