2011年の「秋の読書探偵」をお手伝いさせていただいたご縁で、今月から月に1回、やまねこ翻訳クラブのメンバーがエッセイを書かせていただくことになりました。テーマは「絵本・児童書・YA+ミステリー」……かな? まあ、何が飛び出すかはそのときのお楽しみということで、どうぞよろしくお願いします。

 1回目にご紹介するのは、かの有名な「オズの魔法使い」シリーズです。はい、すみません、いきなりミステリーじゃなくてファンタジーです。しかも、なぜこれを取り上げるかというと、やまねこエッセイ執筆メンバー7名のうち、私も含めて4名がこのシリーズの新訳(復刊ドットコム刊)に関わっているからです。はい、手前味噌ですみません。

 でもでも、このシリーズ、ほんとにおもしろいし、いろいろミステリーというか謎に包まれているんです(と、むりやりこじつけてみる)。今回はそのうちの3つの謎について、ちょっとお話ししたいと思います。

復刊ドットコム 「オズの魔法使い」シリーズの案内ページはこちら

 まず1つ目の謎は、《なぜ日本では1巻ばかりが出版されてきたのか》です。ライマン・フランク・ボームが書いたオズ・シリーズは全部で14巻ありますが、日本では1巻だけが多数の出版社からさまざまな形で出てきました。ハードカバー、ソフトカバー、絵本、仕掛け絵本、マンガ、ミュージカル学芸会用、英語の原文つき……。そうそう、江國香織さん訳の「エメラルドの街を感じられる緑色の眼鏡つき」なんてのもありました。

 一方、全14巻を出したのは早川書房の1社だけ。これは、お読みになった方はおわかりかと思いますが、佐藤高子さんがすばらしい翻訳と解説をされている文庫のシリーズで、かなり重版もされています。ところが、2巻以降が品切れで、現在新品で購入できるのはやはり1巻のみとなっています。

(ポプラ社からも、とびとびで6巻ほど抄訳が出ていましたが、こちらも現在、2巻までが在庫ありで、3巻以降は品切れのようです。)

 この品切れ状態がいつから続いていたのかはわかりませんが、復刊ドットコムのリクエストを見ると、2004年から復刊を望む声があがっていたので、少なくとも7、8年前には既に市場から消えていたことになります。世界的な名作で、2巻以降もほんとに楽しいのに、なんともったいない!

 まあ、そんな背景があったからこそ私たちに翻訳の機会がめぐってきたわけですが(今回の新訳は14巻+番外編を2年という短期間で刊行するため、3人の訳者が手分けして訳し、編集協力者がとりまとめをしています)、品切れのままになっている理由はやはり気になるところです。

 2つ目の謎は、《なぜ14巻も続いたのか》です。これはシリーズの前書きを読んでいけばわかることで、答えはずばり、「読者の子どもたちがやめさせてくれなかったから」にほかなりません。

 ボームは1900年に『オズの魔法使い』を出したとき、あくまで単発作品と考えていました。ところが、続きを読みたいという子どもたちからの熱烈な声を受けて、4年後の1904年に第2巻を発表します。これは笑いと冒険と驚きに満ちたまさに傑作なのですが、1巻で主人公だったドロシーが登場しませんでした。そこで作者のもとには、ドロシーが出てくる続きが読みたいという手紙がまた殺到することになります。

 そして3年後の1907年に、ドロシーを主人公とする第3巻を発表。すると今度は、魔法使いのオズと小犬のトトを出してという手紙が押し寄せ、翌年の1908年に第4巻で魔法使いのオズを、その翌年の1909年に第5巻で小犬のトトを再登場させます。

 このころにはボームは手紙をくれる子どもたちを「暴君」と呼びはじめ、ほかの作品も書かせてくれと前書きであからさまに言いだします。そしてとうとう、1910年に発表した第6巻でシリーズの終了を宣言し、物語の中でオズの国を外界から遮断するという強硬手段に出るのです。

 けれど、そんなことであきらめる子どもたちではありません。続編を望む手紙はその後もあとを絶たず、「無線」を使ったらまたオズの国のことがわかるんじゃないかと提案してくる子どもまで現れました。

 ボームはその提案を受け入れ、「無線」を使ったと言ってついにシリーズを再開。前作から3年経った1913年、第7巻を発表します。その後はまるであきらめの境地に至ったかのように、毎年1巻ずつ書いていきます。そして14巻を書き上げたあと、出版を待たずに亡くなりました。最後の14巻の前書きだけは、ボーム自身ではなく、編集部が書いています。

 1巻の前書きでボームは「子どもたちを楽しませるためだけに書く」と断言していますが、その思いは最後までしっかり貫かれ、子どもたちに充分に伝わったといえます。望まれて続きを書けるなんて、作者にとってこれほど幸せなことはないと思いますが、その幸せは、なんだかんだと言いつつも、ボーム自身が一番感じていたに違いありません。

 最後の3つ目の謎は、《ドロシーの靴はなぜ赤と言われるのか》です。原作ではドロシーは銀の靴をはいているのに、ほかの本などでよく「ドロシーの赤い靴」と言われるのはなぜなのでしょう?

 これはご存じの方も多いと思いますが、アメリカのミュージカル映画の定番『オズの魔法使』(1939年公開)で、ドロシー役を演じたジュディ・ガーランドが赤いルビーの靴をはいていたからです。やはり映像のインパクトというのは文字よりも強いのか、おかげでアメリカではドロシーの靴といえば赤いルビーと思う人が多くなりました。「青と白のギンガムチェックのエプロンスカートに赤い靴」という映画の中のドロシーのかっこうは、今やハロウィンの仮装の定番にもなっています。

 私も数年前、児童書の原書で「ドロシーの赤い靴」に遭遇して、実はそのまま訳してしまったことがありました。やはりハロウィンの仮装がらみのシーンだったのですが、今思うと、訂正か補足が必要だった……かな……? ともあれ、訳者のみなさん、オズの原作からの引用だと思ったら映画からだった、ということが少なからずあるようですので、お気をつけください。

 手前味噌ついでに、こちらも宣伝しちゃいます。3人の訳者と編集協力者と共同で、「オズの魔法使い」シリーズの名言をつぶやく「オズの国の名言bot」(@OzBooksBot)と、同シリーズを応援するfacebookページ(https://www.facebook.com/OzBooks15)を作成しました。名言は、現在刊行されている3巻分までツイート中。ご興味のある方、ぜひフォロー&いいね!をお願いします!

宮坂宏美(みやさか ひろみ)。弘前大学卒業。訳書に、ジョーンズ「ランプの精リトル・ジーニー」シリーズ、ジェンキンス『キリエル』、ヴィオースト『ルルとブロントサウルス』など。宮城県出身、東京都在住。やまねこ翻訳クラブ会員。