今回はちょっとめずらしい「原書のない翻訳書」の話をさせていただこうと思います。そんなものがあるの? と思うかたもおいででしょうが、なにをかくそう、拙訳書の「ランプの精リトル・ジーニー」シリーズ(21巻からは「リトル・ジーニーときめきプラス」シリーズ)がそのひとつなのです。

 とはいえ、このジーニー・シリーズ、最初から原書がなかったわけではありません。私が2005年4月にハワイの書店で見つけたときには、第1巻〜第4巻が刊行されていました。(ちなみに私はハワイで未訳書あさりをするのが好きなのですが、その話はいずれまた。)

 原書を読んでみると、ドジでおちゃめなランプの精リトル・ジーニーと、ひょんなことからジーニーのご主人様になった小学4年生のアリ、このふたりの女の子が繰り広げるはらはらドキドキの冒険物語がとにかくおもしろい! そんなわけで、帰国後さっそくポプラ社に紹介したところ、めでたく日本でも出版されることが決まりました。

 そして同年12月、サトウユカさんのとってもキュートな挿し絵がついて、翻訳書が無事に刊行されます。当時、小学生向けのファンタジーが日本でブームの兆しを見せていたこともあり(&担当編集者さんの先見の明もあり)、自分で言うのもなんですが、おかげさまでジーニー・シリーズは大好評となりました。そこで第5巻以降の翻訳書も出そうということになったのですが、ここで問題が発生。原書の出版社が、第5巻以降を出すつもりがないことがわかったのです。

 ポプラ社が先方と交渉し、なんとか第5巻と第6巻を出してもらうところまではこぎつけたのですが、結局そこで打ち切りとなり、第7巻以降は原書が出ないことが決定してしまいました。

 けれど、それでもあきらめないのがポプラ社(担当編集者さん?)のすごいところ。さらに作者側と交渉を重ね、第7巻以降は日本向けに書き下ろしてもらえるよう契約を取りつけました。つまりここで、原書が出ずに翻訳書だけが出ることが決まったというわけです。

 でも、作者との内容の相談や校正作業はどうなるの? と、私も訳者ながら少し心配になってしまったのですが、さいわいジーニー・シリーズは「ワーキング・パートナーズ」という現地の編集プロダクションが第1巻から編集、校正、著作権の管理等を担当していました。そこで、以下のような流れで作業を行うことが可能になりました。

ミランダ・ジョーンズさん(作者※)

ワーキング・パートナーズ(現地イギリスの編集プロダクション※)

アウルズ・エージェンシー(日本のエージェント)

ポプラ社

訳者

(※ジーニー・シリーズは、物語の舞台も原書出版国もアメリカですが、作者および編プロの所在地はイギリスです。また、作者の詳細は明らかにされていません。)

 今まで通り続編を出せることになったといっても、原稿のあいまいな点を確認したり、日本側からの要望を伝えたりといった、通常の翻訳の仕事にはあまりない作業がやはり発生してきます。前もって先方があらすじを送ってくださるので、その内容チェックも必要です。先日全訳を納品したばかりの22巻をふりかえってみたところ、私の実際の作業はこんなふうに進んでいました。

09/07 あらすじ 到着

09/09  〃  チェック&フィードバック

10/03 原稿 到着

10/05  〃 チェック&フィードバック

10/10 最終原稿 到着

10/11  〃   確認後、翻訳開始

11/15 全訳納品

 担当編集者さんが英語の読めるかたなので、あらすじや原稿のチェックは両者で行い、気になる点をお互いに出し合っています。その後、確認したいことなどをまとめて英訳し、先方に伝えています。今回の英訳は、あらすじ段階ではエージェントが、原稿段階では私が担当しました。英作文があまり得意ではない私には正直ちょっと大変な作業なのですが、ビジネス翻訳者の夫に添削してもらいつつなんとかがんばっています。

 それにしても、こんなふうに日本向けに書き下ろされた翻訳書ってほかにあるのかな、と考えてみたのですが、ひとつ思い出しました。マイケル・グレイニエツさんの絵本です。

 ポーランド生まれのグレイニエツさんは、ヨーロッパやアメリカで活躍。動物たちが月を食べようとするユニークな絵本『お月さまってどんなあじ?』(セーラー出版)で、日本でもよく知られるようになりました。

 そして1999年、本の表と裏の両方からお話が始まる『どうしてかなしいの?/どこにいるの?』(ポプラ社)や、なぞの虫クレリアを主人公にした『クレリア えだのうえでおきたできごと』(セーラー出版)、虫と動物たちが背比べをする『いちばんたかいのだあれ?』(金の星社)を、ヨーロッパでもアメリカでもなく日本で立て続けに出版。その当時来日されていたグレイニエツさんに、やまねこ翻訳クラブでインタビューさせていただいたのですが、ご本人曰く、自分の作品はアメリカなどよりも日本で受け入れられており、今後も日本で出版していきたいとのことでした。

 その後グレイニエツさんは日本に移住し、つぎつぎと作品を発表。そのほとんどの翻訳をほそのあやこさんが担当されています。グレイニエツさんへのインタビューのとき、ほそのさんにも同行していただいたのですが、翻訳作業はグレイニエツさんと相談しながらなさっているというお話でした。

 こうして考えてみると、訳者として感じる日本向けの書き下ろし作品のメリットは、やはり作者といろいろ話し合いながら作業ができるところ、創作そのものにも若干かかわれるところ、こちら側の要望等を伝え、日本に合う作品をつくってもらえるところかなと思います。たとえばジーニー・シリーズでは、ランプの精たちが住む「ジーニーランド」がときどき舞台になっていますが、それも、ジーニーランドのことをもっと知りたいという日本の子どもたちの声を作者に伝えた結果でした。主人公アリのボーイフレンドが日系人のケンジになったのも、作者が日本向けを意識してのことだと考えています。

 そして、もうひとつ大きいのが、原文と訳文を比べて読者に批判されることがないので、のびのび訳せるところ!(笑)まあ、これは私だけが感じているメリットかもしれませんが、ジーニー・シリーズがこれだけ長く日本で受け入れられている理由のひとつは、じつはそんなところにもあるのかもしれません。

宮坂宏美(みやさか ひろみ)  弘前大学卒業。訳書に、ジョーンズ「ランプの精リトル・ジーニー」シリーズ、マクドナルド「ジュディ・モードとなかまたち」シリーズ、ジェンキンス『キリエル』など。宮城県出身、東京都在住。やまねこ翻訳クラブ会員。

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