今、わたしは日々大汗をかきながら「オズの魔法使いシリーズ」の新訳に4名のチームで取り組んでいるのですが(4名ともやまねこ翻訳クラブの会員で、内3名が訳者、1名がコーディネイター兼編集協力者です。詳しくはこちらをどうぞ)、チーム翻訳といえば、以前にもっと大人数で取り組んだことがあります。「アンドルー・ラング世界童話集」全12巻を新訳で出したときです。訳者総勢15名で準備期間から最終巻が出るまでの約3年間、無我夢中で突っ走りました。今回はそのときのことをふりかえってみたいと思います。〈チーム翻訳あるある〉もしくは〈児童書翻訳あるある〉の類と思って読んでいただけましたら幸いです。

 まずは、「アンドルー・ラング世界童話集」のご説明から。

 民俗学者兼作家・編集者であるアンドルー・ラングが百年ほど前に、民話や昔話などを集めて作った12巻からなる世界童話全集です。グリム、ペロー、北欧やアフリカの民話なども入っている英語の本で、出版された国はイギリス。1巻につき数十篇が収録されています。巻ごとに、”The Blue Fairy Book” など、色の名前がついているのが特徴のひとつなのですが、その1冊にタイトルの色にまつわる作品が集められているわけではありません。原典の国別に巻を分けているのでもなさそうなので、何を基準に巻分けをしたのか、なぜその色のタイトルをつけたのかは、今となってはラング氏のみぞ知るです。

 かつて、日本では三つの出版社から翻訳出版されていました。

1958年〜1959年 東京創元社より全12巻+別巻

         (2008〜2009年に新訳・新編集版が出ました)

1963年     ポプラ社より全15巻

1977年〜1978年 偕成社より全12巻

         (2008〜2009年に改訂版が出ました)

 そのときの訳者はなんと、3社とも川端康成氏と野上彰氏! はい、スゴイ本なのです〜。子どものころに読んで強い思い入れをおもちの方もおおぜいいらっしゃいます。

 ただ当時、日本では出版する際に原書12冊の巻の垣根をとりはらって全収録作品をよりすぐり、それらを12巻もしくは15巻に組みなおし、原書のような色のタイトルをつけたようです。ですから、たとえば『あかいろの童話集』というタイトルの巻が、かならずしも“The Red Fairy Book”と呼応しているわけではなく、原書のさまざまな巻の作品が収録されています。また、すてきな名前ではあるのですが、『くじゃくいろの童話集』(東京創元社旧版、偕成社旧版および改訂版)、『きんいろの童話集』(ポプラ社版)といった原書にはない色が新たにつけられている巻もあります。

 いつごろからかはわかりませんが、2006年時点では、すべての版が長年品切れという状態におちいっていました。そんなわけで、おそらく読者からの要望も多かったのでしょう。ほぼ同時期に東京創元社と偕成社から復刊の運びとなったのです。

 わたしたちがチームで新訳にいどんだのは、東京創元社からの復刊です。監修者の西村醇子先生のもと、全12巻を新編集し、新訳で出そうという試みでした。復刊では、タイトルは原書のものをそのまま使用し、中身も原書と訳書を対応させました。ただ、原書1冊に収録されている作品数がかなり多いため、訳書では、誰でも知っている有名な話や、日本の昔話などを一部除外することに。そうした収録作品の選定は、まずチームで原書を読んで全作品の要約を作り、それを使って西村先生と出版社がおこないました。

 挿絵も、以前は日本の画家によるものでしたが、緻密で美しい原書の絵をそのまま採用。結果として、オリジナルにもどしたことは、大成功だったようです。アニメーション映画監督の宮崎駿さんも絵を気に入られて、ご自身が館主を務める三鷹の森ジブリ美術館の図書閲覧室に全巻そろえて置いてくださり、自著『本へのとびら——岩波少年文庫を語る』(岩波書店)でも紹介してくださっています。言及されているのは絵のことばかりですが(笑)、やはり感激!です。

 さて、チーム翻訳の話にもどります。メンバーは15名。やまねこ翻訳クラブの会員がほとんどで、そのうちの半分くらいが、当時ですでに約9年来の仲間でした。ちなみに、「オズ」の訳者は3名ともこの「ラング」新訳チームに入っておりまして、約9年来の仲間組でもありました。

 チーム翻訳で急ぎの仕事をする際に、気心の知れた人同士であることは大きな強みです。この「ラング」は第1、2巻を2008年1月に、第3巻以降は隔月で出版する、というハイペースの予定が組まれていました。準備に入ったのは、2006年8月だったのですが、作品の選定など、翻訳に入る前に急いでしなければならないことが山ほどある状況。訳者同士で遠慮している暇がない! ラング新訳チームの作業用にメーリングリストと専用HPと掲示板を作り、とにかく果てしない話し合いと決め事を繰り返しながら、作業にあたりました。

 収録作品の選定の結果、全250話以上を訳すことがわかりました。そこで、つぎは担当決めです。どうやって決めたかというと……好きな作品を早い者勝ち! 希望がかち合ったときは当人同士で話し合い! これも仲間ならではのスタイルかもしれません。

 いよいよ翻訳作業です。まずは2話だけ先に試訳を作って、みんなで読んで原文とつきあわせ、今後の作業に必要な、決めなければならないことなどを一斉にピックアップ。

 この全集は、出典も雰囲気もばらばらの話が集められたものなので、統一感というものは、それほど厳密に必要なさそうなのですが、1冊の本として読み通したとき、収録作品ごとにあまりにもばらばらなのは、やはり読みづらかったり、違和感が出そうです。そこで、統一できるところを決めていき、決定事項をみんなで共有できるよう、〈とじひらき表〉という表にしてラング専用HPにアップしました(表は随時更新!)。

 さて、この〈とじひらき表〉は、【1】漢字のとじひらき一覧と【2】注の一覧で構成されています。

【1】漢字のとじひらき一覧

「ラング」は読者対象を小学4年生以上と決めたので(もちろん、もっと年下の子が読んでいけないわけではありません。でも、だれが読むのか、という読者対象を一応は決めないと、言葉遣いや漢字の基準が作れないのです〜)、小学4年生までに習う漢字を使う、という基準を作りました。

 とはいえ、この「漢字のとじひらき一覧」は、「小学4年生までに習う漢字一覧」ではありません。それはインターネット等で確認できるので、各自でチェック。表に載せたのは「その例外の一覧」です。

 たとえば、「行く」は「いく」とひらく、「訊く」は「きく」とひらくが「聞く」は漢字、などなど。原稿で、小学4年生までに習う漢字を機械的にすべて漢字にしていくと、ページがぱっと見、黒々と見えてしまって、かえって読みづらい場合が出てきます。また、訳者にはそれぞれ漢字のとじひらきの好みやクセがあったりもします。そこで「例外」をつくり、チーム内ですりあわせたうえ、決定事項として五十音順に並べたのでした。

【2】注の一覧

 漢字のとじひらき以外にも、おおぜいの訳に統一感をもたせるためには、すりあわせなければならないことが多数出てきます。注の一覧は、そうした点をずら〜っと項目にしたものです。たとえば、単位については——

 昔話らしさが伝わるよう「マイル」「エル」(距離)など、原語を生かした単位を使用する。具体的な数字を出す必要がないときは、「たくさん」「長い」など、相対的にわかる表現にする。

——なんて、決めていました。

 そういえば、〈とじひらき表〉の注には書いていない決め事もたくさんありました。たとえば、「地の文に出てくる『王』『王妃』は、原則『王さま』『王妃さま』というふうに、『さま』つきにする」「dragon は『龍』『竜』ではなく『ドラゴン』と訳す」などです。ただし、すべては統一感を出すための原則。もちろん、作品の雰囲気によって、上記に当てはまらないものもあります。そういうときは、作品の雰囲気優先でした。

 こうして〈とじひらき表〉やいくつもの話し合いをもとに翻訳した原稿は、必ず別の訳者が原文とのつきあわせをして、改稿した訳文をまた別の人が日本語だけ読んでチェックしていました。訳者チーム、できるだけ慎重に訳したつもりです。監修者の西村先生も全作品、1話につき2度赤を入れるくらい、丁寧に原稿を確認してくださり、編集者さんも、この大所帯の進行管理や原稿チェックをがんばってくださいました。

 無事に全巻を出せたのは、奇跡のようで、奇跡じゃなかったかも!です。ひとりひとりの努力の賜物だなあと思います。ふりかえってみたら、なんだか、自分たちがとても健気に思えてきて、エラかったね〜とみんなの頭をなでなでしたくなりました(笑)。あ、先生と編集者さんには、ひたすら頭をさげたいです!

 こうしてみると、チーム翻訳の成功の鍵は、ほぼ全員がネットでのコミュニケーションに慣れていたことと、自分も含める言い方でナンですが、みんな「いい人」ばかりだったことでしょう。だからこそ、大人数による急ぎの仕事を乗り越えられるチームが作れたのだと思います。

 しかし……準備期間から約3年を経て最終巻が出たときは、大きな喜びと安堵を感じたと同時に、正直、「しばらくはシリーズ物をチームで翻訳するの……やめておこう……かな」とも思いました(笑)。

 が、のどもとすぎれば熱さ忘れる。よっぽど「百年前」に縁があるのか、チーム翻訳に縁があるのか。「ラング」が終わった翌年から、また約百年前の本「オズ」をチームで翻訳しています(あ! 「オズ」のほかの訳者ふたりも同じ状況ですよね。わたしたち、ほんと、いいチームワーク!)。わたしに関してだけ言えば、これは単に欲張りだからにほかなりません。たいへんそうだと思う以上に、「オズ」のシリーズに関われるという事実に有頂天になって、気づくと手を挙げていました。

 今ちょうど、「オズ」の第10巻『オズのリンキティンク王』を、オズ専用〈とじひらき表〉とにらめっこしながら訳しているところです。じつはこの〈とじひらき表〉、「ラング」の〈とじひらき表〉をアレンジしたものなんですヨ。いろんなところで、「オズ」と「ラング」がつながっています(笑)。そうそう、チーム翻訳している一番の特典がありました。同じ作業をしていて、わかってくれる人に、弱音やグチやおバカなことをタイムリーに言えること! チームのみなさん、これからもどうぞよろしく。

田中亜希子(たなか あきこ)  東京女子大学短期大学部卒業。訳書に、「オズの魔法使い」シリーズ(復刊ドットコム)、絵本『コッケモーモー!』(徳間書店)ほか。やまねこ翻訳クラブ会員。読み聞かせ集団「おはなしこねこの会」メンバー。

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