1月19日はエドガー・アラン・ポーの誕生日にあたるが、同日(現地時間)アメリカ探偵作家クラブ(MWA)が主催する2012年MWA賞(エドガー・アラン・ポー賞)各部門の候補作品が発表となった 〔公式サイトによる発表〕。言わずもがなだけど、同賞は、ミステリー大国アメリカを代表する賞というだけでなく、権威と伝統のある賞として、世界的にも最も注目されている賞の一つである。

 各部門の候補作については、木村二郎さんの「最新海外ミステリーニュース20120120」にてすでに紹介されているが、今年のMWA賞最優秀長編賞部門のファイナル・リストは、これまでにないものだった。

 以下がそのリストである。

The Ranger by Ace Atkins(アメリカ)

Gone by Mo Hayder (イギリス)

The Devotion of Suspect X by Keigo Higashino(日本)

1222 by Anne Holt(ノルウェー)

Field Gray by Philip Kerr(イギリス)

 わっ、東野圭吾の『容疑者Xの献身』が選ばれているではないか。これは2004年最優秀長編賞の候補として桐野夏生の『OUT』が選ばれて以来の快挙だ!!確かに、昨年の夏頃から、翻訳された『容疑者Xの献身』については、アメリカの知人達から高い評価を聞いていたものの、MWA賞のハードルの高さを感じてきただけに、選ばれるなんて正直なところ想像もしていなかった。それ故に、我が事のように、感嘆も交えてスゴーイと喜ばせてもらっている。

 それにしても、今年の候補作は、例年になく国際色豊かではないだろうか。アメリカ人作家は、『ディープサウス・ブルース』『ホワイト・シャドウ』など、南部色の濃い、或る意味ではいかにもアメリカ的な作品を書いているエース・アトキンスしか選ばれていない。最近、ベルリン三部作の四作目『変わらざるもの』が翻訳されたフィリップ・カーは、旧き欧州の香りがする作品が印象的だし、『死を啼く鳥』『悪鬼(トロール)の檻』の邦訳があるモー・ヘイダーの作品は残念ながら読んでないのでコメントできないが、彼女はイギリス人作家である。アメリカでも注目されている北欧からは、ノルウェーの作家で、私にとっては北欧ミステリーに関心を持つきっかけになったものの、『悪魔の死』以来翻訳が出ていないので口惜しい思いがしていたアンネ・ホルトが選ばれている。そして東野圭吾である。

 部門ごとに応募規定が違うので一概に言えないけれど、最優秀長編賞部門は該当期間内にアメリカ国内で初めて出版されたミステリー作品が対象となり、その中には英語に翻訳出版された他国作品も含まれている。それらを出版社からエントリーしてもらい、寄せられた何百もの作品を選考委員が読んだ上で、候補作が選ばれる仕組みになっているようだ。この仕組みは出版社がエントリーしなければ選考対象にならないが、アメリカ国内で大いに話題になった書籍も、あまり名前の知られていない作品も、同じ土俵で評価されるという利点がある。

 国際的という今回の特色は、アメリカ人作家の作品が低調だったというのではなく、アメリカの読み手達が、国内だけでなく様々な国の作品にも関心を寄せてきている傾向を示すものだと、私は捉えている。一言でいえば、ミステリー・ワールドのグローバル化ということなのだけど、それはアメリカだけの現象でなく、日本も含めて世界的な広がりを見せていると、思いたい。

 アメリカ人読者が中心のメーリング・リストを活用したミステリー・コミュニティ、DorothyLを見ると、ミステリーを愛している読者の中には、今回のMWA賞の候補作リストを見て、(自分には)馴染みのない作家が何故選ばれたのか、もっと注目を集めている作品があるではないかと、いぶかしく感じている方々もいらっしゃらないわけではない。とはいえ、選ばれた作品の評価を否定している人は皆無で、今回の発表を、未読作家の作品に触れるきっかけにしたいと考えているようだ。そして、そんな意見を持たれている方々の最も注目している作品が『容疑者Xの献身』であることも付け加えておきたい。

 2012年MWA賞の候補作発表について、第一印象的な感想をとりとめもなく書いてしまったが、最後に、『容疑者Xの献身』の選出について、『スネークスキン三味線』で2007年MWA賞最優秀ペイパーバック賞を受賞しているナオミ・ヒラハラさん〔公式サイト〕が送ってくれたコメントを引用したい。私がだらだらと百万言を費やすよりも、同じ思いを彼女は簡潔に語ってくれているのだから——。

I was thrilled to hear the news and I believe that the book is very much deserving of the honor. The character development, the way the author takes us into a world that westerners are not aware of — it’s masterful. I hope that the nomination sparks more interest into mysteries written by Japanese authors.

 私もまた、今回のノミネーションが、ほとんど知られていない日本作家の作品を世界に知らしめるきっかけにしてほしいと、切に願っている。

〈参考〉

Higashino’s Suspect X: Love and Obligation

by Naomi Hirahara (Climinalelement.com 2011-05-04)

http://www.criminalelement.com/blogs/2011/05/higashinos-suspect-x-love-and-obligation

穂井田直美 (Hoida Naomi)

書評家。守備範囲は主に海外ミステリー。『ミステリー特等席』(本の雑誌)でこれから出る翻訳作品を紹介。たまに『洋書案内〈英語編〉』(ミステリマガジン)で海外の未訳本を紹介。

・blog(晴耕雨読、毎日ごはん

 http://naomihoida.cocolog-nifty.com/blog/

◆海外ミステリー賞あ・ら・かると(当サイト掲載の海外ミステリー各賞の解説記事です)◆