こんにちは。

 本日はミステリー賞についての特集をお届けします。発端は当サイト読者のYさんから、海外のミステリー賞はたくさんありすぎるためなじみのない読者にはわかりづらい、「どの国のどの団体がどのようなミステリの賞を出しているのか」整理したら初心者にもわかりやすいのではないか、というご意見をいただいたことでした。Yさん、投稿ありがとうございます。

 主要な賞についてごくごく簡単にですが紹介いたします。

 同じアメリカ探偵作家クラブ賞でもMWA賞と言ったり、エドガー賞と言ったり、はたまたアメリカ推理作家クラブ賞と言ってみたり。正式名称と略称、通称の違いだったり、訳語の違いだったりするのですが、まぎらわしいですよね。ここで、それらの疑問が解決すればさいわいです。

 まず、もっとも翻訳ミステリーで紹介されることが多い賞、それは「アメリカ探偵作家クラブ賞」です。いわば、ミステリー界のアカデミー賞。アメリカ探偵作家クラブ(Mystery Writers of America [略してMWA])というアメリカのミステリー作家が構成する団体が主催している賞で、年に1度、その前年にアメリカで発行されたすべてのミステリー作品の中から、長篇賞、ペイパーバック賞(ハードカバーではなくペイパーバック・オリジナルの作品に贈られます。日本でいうと文庫か、ノベルスのオリジナル作品?)、新人賞、短篇賞などの受賞作品が訳出される機会が多いでしょう。この他に、評論/評伝賞、犯罪実話賞、ヤング・アダルト賞、ジュヴナイル賞、戯曲賞、TVエピソード賞、TV特集/ミニシリーズ・ドラマ賞、映画賞、レイヴン(大鴉)賞(功績のあった書店や出版社に贈られます)、巨匠賞(作品ではなく、それまでの功績を讃えて作家に贈られます)といった各賞があります。また、ロバート・L・フィッシュ(デビュー短篇)賞、メアリ・ヒギンズ・クラーク賞(えーとこれは、M・H・クラークっぽい作品に贈られる、としか言いようのない賞です)などの賞も途中で追加されました。

 この賞は、通称「MWA」賞とも、受賞者にミステリーの始祖エドガー・アラン・ポー像が贈られることから「エドガー賞」とも言われます。創設は1946年。もっとも有名な受賞作品は、長篇賞を受賞したレイモンド・チャンドラー『長いお別れ』(『ロング・グッドバイ』)でしょうか。最近では、今年の翻訳ミステリー大賞候補作に入っているジョン・ハートの『川は静かに流れ』が2008年の長篇賞を受賞しています。候補となる条件は「アメリカで出版されたこと」なので、2004年に桐野夏生『OUT』も長篇賞の候補になりました。このことは日本でも話題となりましたね。

 次にご紹介するのは「英国推理作家協会賞」です。英国推理作家協会(Crime Writers Association[CWA])というイギリスのミステリー作家が構成する団体が主催している賞で、年に1度、その前年にイギリスで発行されたすべてのミステリー作品の中から、ゴールド・ダガー(長篇)賞(1955年から1959年までクロスド・レッド・ヘリング賞でしたが改名しました)、ジョン・クリーシイ(「ニューブラッド・ダガー」とも言われる。新人)賞、短篇賞のほかに、冒険/スリラー小説を対象としたイアン・フレミング・スティール・ダガー、歴史ミステリーを対象としたエリス・ピーターズ・ヒストリカル・ダガー賞、巨匠賞にあたるカルティエ・ダイアモンド・ダガーなどが発表されます。2003年までは、ゴールド・ダガーが長篇賞の1席で、次席をシルヴァー・ダガーとして賞を贈っていました。

 通称「CWA賞」もしくは「ダガー賞」。受賞者に短剣(ダガー)像が贈られることに由来します。1955年に創設され、有名な受賞作品は、えーと、難しいですね。いろいろあるんですがゴールド・ダガーを受賞したジョン・ル・カレ『寒い国から帰ってきたスパイ』やディック・フランシス『利腕』、シルヴァー・ダガーに輝いたロス・マクドナルドの『さむけ』、同じくシルヴァー・ダガーのスコット・トゥロー『推定無罪』などでしょうか。この賞は近年スポンサーがころころ変わって、賞の名前も合わせて変わるのでちょっと落ち着かないんですが、伝統と格式ある賞なので、見守ってあげてください。

 この二つを押さえておけば、だいたい大丈夫。あとは本当に駆け足で、ご説明しますね。

「アメリカ私立探偵作家クラブ賞」は、上記MWA賞とそっくりですが、MWAよりもジャンルを限定して、私立探偵ものを書くミステリー作家の団体アメリカ私立探偵作家クラブ(Private Eye Writers of America[PWA])が主催しています。通称「PWA賞」もしくは「シェイマス賞」。昨年話題になったマイクル・コナリーの『リンカーン弁護士』は同賞の長篇賞を受賞しています。

 「アンソニー賞」は、ミステリー作家で評論家としても有名なアンソニー・バウチャーにちなんだ賞で、アメリカのミステリーのファン大会「バウチャーコン」が主催しています。ファン投票で決まる賞です。有名どころだとトマス・ハリスの『羊たちの沈黙』などが長篇賞を受賞しています。

「アガサ賞」は、アガサ・クリスティーにちなんだ賞で、アメリカのコージー・ミステリーのファンクラブ「マリス・ドメスティック」が主催しています。当然、受賞作はおもにコージー・ミステリー。第1回の受賞作はキャロリン・G・ハートの『舞台裏の殺人』です。





「マカヴィティ賞」は、アメリカの国際ミステリ愛好家クラブが主催する賞。クラブの会員の投票で受賞作を決定。国際ミステリ愛好家クラブは世界最大のミステリーファンクラブと言われています。第1回の受賞作はP・D・ジェイムズ『死の味』です。

「ネロ・ウルフ賞」は、レックス・スタウトが創造した名探偵ネロ・ウルフのファンクラブ「ウルフ・パック」主催の賞。これもアメリカの賞で、有名なところですと、ジョン・ダニングの『死の蔵書』などが輝いています。

 英米以外では、「パリ警視庁賞」が有名。フランスのミステリー新人賞で、パリ警視庁のスタッフが選考に加わり、警察の捜査活動が正確に描写されているかも重要視されます。

あとは、名前を見ればだいたいわかる「カナダ推理作家協会賞」(通称「CWC賞」もしくは「アーサー・エリス賞」)、「オーストラリア推理作家協会賞」(通称「CWAA賞」もしくは「ネッド・ケリー賞」)、「ドイツ推理作家協会賞」(通称「グラウザー賞」)、「北欧推理小説賞」(通称「グラス・キー賞」)などもございます。

 ほかにもまだまだあるのですが本日はこのあたりで。また疑問に思われたことがあったら、なんでも訊いてくださいね。