2011年の「秋の読書探偵」では一次審査をつとめました。子どもたちの感想文を読むのはとても楽しく、本が好きだという気持ちがどの子の文章からも伝わってきました。感想文には震災にふれたものもありました。わたしは福島県会津若松市在住です。福島県の内陸に位置する会津地域は、津波の被害はありませんでしたが、原発事故の影響はいまも生活の中にあります。

 3月11日の震災直後は、流通が止まりガソリンもなく灯油の入手も見通しがたたず、つれあいの会社も当面は休みになり、家族5人、灯油を節約するためにひとつの部屋で過ごすことが多くなりました。震災の状況を刻々と流すニュースや、おさまらない余震の速報をテレビやラジオで聞く毎日。そんななか、子どもたちは黙々と絵本や本を読んでいました。あのときの家の中を思い出すと、子どもたちがひざの上に本を置いて読んでいる姿ばかり浮かんできます。

 何を読んでいたのだろうと、先日、小学4年の娘に聞いてみました。

「あのとき、絵本ばかりいっぱい読んでいたけれど、どれが印象に残っている?」

 娘は『ぼくの犬』を取り出して「これかな」とわたしに差し出しました。

 ボスニア・ヘルツェゴビナに暮らす少年が紛争のため家族と離ればなれになってしまう絵本です。少年と一緒にいられたのは犬だけでした。

 2002年のオーストラリア児童図書賞受賞作である本書は、日本では2005年に刊行されています。6年前から我が家の本棚に入っているこの絵本について感想を聞いたのは初めてでした。

 愉快な絵本もたくさん読んでいたので、それらの中の絵本を選ぶとばかり思っていたわたしでした。なぜこの絵本?

 娘は、襲ってきた兵士から逃れた村人たちが、橋の下で毛布にくるまり不安げに過ごしている見開きのページをわたしに見せこういいました。

「これがテレビにうつっている人たちとおんなじだなと思って。テレビの中の人たちは体育館とかで避難してそこで寝てたよね。テレビと絵本が同じだなあと思ったんだ」

 我が家には絵本が2000冊以上あります。その多くを読み聞かせしてきましたが、全部ではありませんし、大人向けだなと思ったものは自分だけ読んでいました。子どもたちもすべて読んではいないはずなのに、その時々の世の中のできごとを絵本を通してすでに知っていることが少なくないことに驚かされます。社会体験をしているといってもいいでしょうか。たくさんの絵本の中から読んだ絵本と現実がリンクしたのは、思い返してもこの絵本だけには限りません。

 『ぼくの犬』にもどります。この絵本のラストは明るい美しい色調ながら、少年と犬はまだ先の見えないところにいます。

「男の子と犬はまだ大変なんだよね。いつか家族と会えるといいんだけど」

 静かに暮らしていた村での生活が戦争のせいで一変してしまう。

 楽しげに笑っていた人たちに暗い表情がめだつようになり、目はくぼみ、クマができ、不安げなまなざしでまわりをみわたしている。むごいできごとは人の心に深く浸食し、すぐにはなくなりません。

 一冊の絵本について感想を伝えてくれたことを娘はやがて忘れるでしょう。

 けれど、何かのときに思い出すことはあるはずです。

 さて、現在進行形で原発の不安と共存しなくてはいけない毎日は続き、希望者に渡されたガラスバッジ(※)の結果が近々でます。震災以降の不安材料は、グラウンドの土ぼこり、夏のプール、給食の食材、日々の通学路の線量と、日をおうごとに増えるばかり。「安全」という言葉を信頼する人もいれば、心配をぬぐいされずにストレスを積み重ねる人もいます。わたしはといえば、変わってしまった世の中で子育てをする中、血となり肉となる本を子どもに渡したいと、以前よりずっと強く思うようになりました。

 ちなみに、震災後わたしがしっかり読めたのは『闇のダイヤモンド』です。

 表紙の絵が、深刻な雰囲気をただよわせていたので、怖そうだけど読めるかなと思ったのが第一印象でした。当時、本を読んでも目に見えている文字が頭に届かない感覚が続き、読んでも読んでも、読んだという実感をもてない日々だったからです。ごはんを食べるように日々本を読んでいたわたしにとって、どの本を手にしても「読めるかな」とまずかまえてしまうのは今までにない状態でした。物語はアフリカの内戦から逃れてアメリカにやってきた家族を引き受けた一家の少年の視点をメインに語られています。緻密な文章で過酷なアフリカの状況を読んでいると、いままでになく本の中で語られることに距離感をもちませんでした。親近感というのんきないいかたは当てはまらないかもしれませんが、過酷さがリアリティをもって自分に近づいてくるのを感じました。ぐいぐいと読ませるミステリアスな展開は、くたびれていたわたしに読む楽しさを取りもどしてくれたのです。

 2008年エドガー・アラン・ポー賞ノミネート作品である本書は、評論社の海外ミステリーBOXの一冊でYAにジャンル分けされますが、大人が読んでも十二分に楽しめるレベルにあります。また本書はやまねこ翻訳クラブ主催やまねこ賞において2011年読み物部門1位にも選ばれました。

やまねこ賞受賞作品リスト

やまねこ賞受賞作品リスト(2011年)

『闇のダイヤモンド』訳者・武富博子さんによる紹介記事

(※)ガラスバッジ(積算被爆線量計)個人が受けた放射線の量(外部被ばく量)を測定し、個人線量を算定するために作られた小型の線量計。会津若松では平成23年11月21日から平成24年2月20日までの3か月間、2回に分けて着用し、専門機関で測定した数値を対象者の保護者に伝えられる。対象者は0歳から中学生までの子どもで希望者のみ。

林さかな

本の周辺仕事をしています。現在はオズ・シリーズ(復刊ドットコム)の編集協力進行中。北海道出身、福島県在住。やまねこ翻訳クラブ会員。ツイッターアカウントは @rumblefish 。