去る2014年6月21日、翻訳家の東江一紀さんが、食道がんのため永眠されました。享年62。東江さんは、訳書『犬の力』(ドン・ウィンズロウ)で、第1回翻訳ミステリー大賞を受賞されました。翻訳ミステリー大賞シンジケートでは、東江さんを偲んで、サイトの主要な関係者及び、各地域の読書会を始めとする関連企画の代表者、そして東江さんと親しかった翻訳家により、それぞれ東江さんが翻訳した作品のベストを選び、コメントを寄せる記事を全5回にわたって掲載します。これをもって東江さんへの追悼の意を表したいと思います。
初回は書評七福神によるベストとコメントです。
書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことです。
北上次郎
『罪の段階』リチャード・ノース・パタースン
新潮文庫
この小説にいたく感動した私は当時、リチャード・ノース・パタースンの次の作品の翻訳はいつ出るんですか、とお会いするたびに尋ねたことを思い出します。
霜月蒼
『ボビーZの気怠く優雅な人生』ドン・ウィンズロウ
角川文庫
三分の一ほど読んだところで驚愕したのだ。そこまでの全文章が現在形だったことに気づいて。あの衝撃。忘れられない。かくも自然な現在形の文章を日本語で紡ぐのは天才にしかできない。それが東江一紀氏だった。
千街晶之
『殺人探究』フィリップ・カー
新潮文庫
東江氏訳のフィリップ・カーというとベルンハルト・グンター・シリーズが有名だが、敢えてノン・シリーズを。近未来サイコ・サスペンスと哲学論議の組み合わせが印象的。
杉江松恋
『ごみ溜めの犬』ロバート・キャンベル
二見文庫
最初に東江さんに注目した作品です。現在形で統一された文体、刑事や探偵ではなく住民の世話を焼く政党の地区班長が主人公という変な設定。翻訳者の技巧が冴えた一冊でした。
吉野仁
『グリーンリバー・ライジング』ティム・ウィロックス
角川文庫
R・N・パタースンやドン・ウィンズロウなど多くの傑作が並ぶ東江さんの訳書中、圧倒的なパワーで胸をわしづかみにされたのが、狂気に満ちた本作だ。感謝して合掌。
川出正樹
『ステーション』マイケル・フラナガン
角川書店
「絵と言葉が、チェロの調べのように、深く、懐かしく、心の奥底を揺さぶる」という訳者あとがきの名文に付け加える言葉なし。架空の鉄道を巡るこの物語を埋もれさせたくない。
酒井貞道
『ストリート・キッズ』ドン・ウィンズロウ
創元推理文庫
東江一紀さんの訳文は本当に素晴らしかった。彼の手にかかれば、作品の魅力が行間から吹きこぼれる。真の名人だったと思う。だが彼はもういない。それがとても悲しい。