チョン・ユジョン『七年の夜』(カン・バンファ訳)

あらすじ
 一瞬の誤った選択によってずるずると破滅へと進む男ヒョンスに死刑が言い渡される。娘を死に追いやった男ヒョンスへの復讐に燃える冷徹な男ヨンジェは、七年の後、死刑が執行されたその日から、ヒョンスの息子ソウォンへ魔の手を伸ばす。セリョン湖と灯台村の美しい風景を背景に息もつかせぬ執拗な心理劇と容赦ない暴力の応酬。読者の不安が頂点に達したとき、物語は衝撃のクライマックスへ。

 
 韓国の女性人気作家チョン・ユジョンの本邦初訳『七年の夜』がついに刊行された。長い旅路だった。これが成功した背景にはいくつもの偶然がある。昨年三月、韓国女性文学シリーズ6冊の契約のために韓国翻訳院を訪れたとき、日本語翻訳者の集まりに招かれ、話をした。そのとき、わたしは何気なく、韓国には面白いミステリーはないのですかと尋ねた。韓国女性文学シリーズ6冊はまだ確定していなかった。1冊ぐらいミステリーを入れられないかと思ってのことだった。みんなは異口同音で、「ないです。日本などの海外ミステリーの翻訳が面白いので、韓国のミステリーを読みたいとか思わないんですよ」という。
 
 ところが帰る日の前日、今回の翻訳者であるカン・バンファさんから連絡があり、ぜひ提案したい本があるという。その時持ってきた本の一冊がこの『七年の夜』だった。たしかにミステリーである。韓国では純文学作家以外はなかなか評価されず、それはジャンル小説と呼ばれるらしい。「ジャンル小説」というのは耳慣れない言葉だったが日本でいうと、サスペンス、ミステリー、ホラー、空想小説など、いわばエンタメ系の作品をひっくるめて、そう呼ぶらしい。カン・バンファさんは私に会う前に、提案書をつくり、あらすじもつけていた。ミステリー好きの血が騒ぎ、すぐに「わ、おもしろそう。考えてみましょう」ということになった。
 
 こうして、版権交渉が始まり、ほぼ全訳が終わった今年の6月、また、ソウルを訪れる機会があった。ちょうどソウル国際ブックフェアの開催の時期で、驚いたことにブックフェアのイメージキャラクターがチョン・ユジョン。至るところに大きなポスターが張られていた。テープカットに行かなければならないという忙しい彼女を捕まえて、『七年の夜』についてのみじかいインタビューを行った。
 
 短篇を書かない作家と呼ばれるチョン・ユジョン。内容はなかなかハードだ。さて、これはサイコパス的推理ミステリー。作品に登場するのは二つの家族。その誰もに問題あり。特に悪役ヨンジェは王国の主。家族は王国の一部に過ぎない。その王国が壊れたときの怒りはすさまじく、あらゆる手を尽くして復讐しようとする。ヨンジェは常に自分が正しい。この悪の構図が読み手にどう伝わるのか、著者は楽しんでいるようだ。
 
 その悪の化身のような男から、息子の命を狙われた父親ヒョンスは、最後の賭けに出る。この息詰まるシーンの連続、サイコパス的心理劇がこのミステリー小説の醍醐味なのだ。読者をずるずると不可解な謎の渦に引き込んでいく。しかも、小説の舞台もまた、ミステリアスな湖と森という設定。それはとても絵画的で美しく、なのに物語の登場人物たちはだれも幸せではない。頭の中を登場人物が動き出し、じんわりと汗がにじんでくる。
 
 本書は2011年9月に韓国で発売され、すでに50万部を突破。フランス、ドイツ、中国などで翻訳されている。
 
 すでに映画化されていて、クランプアップも終わり、来年にはまず、韓国での上映が始まる。霧に包まれた森と湖はどこで撮影されたかは謎だ。ここまでの悪役をあのチャン・ドンゴンがどう演じるのか、それもまた、楽しみの一つである。

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 書肆侃侃房は福岡にある出版社で、「新鋭短歌シリーズ」「現代歌人シリーズ」「ユニヴェール」などの歌集や、紀行ガイドシリーズ「KanKanTrip」、「カフェ散歩シリーズ」などを刊行(詳しくは「福岡の出版社、書肆侃侃房の挑戦」という記事にしていただきました。https://magazine-k.jp/2017/08/17/kankanbou/ )。ト・ジョンファン詩集『満ち潮の時間』を近日刊行予定です。
 

 このほかに、文学ムック『たべるのがおそい』を2016年に創刊。今村夏子さんの「あひる」が芥川賞候補になったことで、文芸の世界でも注目されることになりました。毎号特集と小説、翻訳、短歌を一緒に掲載しています(第一号には韓国文学であるイ・シンジョ「コーリング・ユー」が掲載されています)。半年ごとに刊行しており、最新号のvol.4(2017年10月刊)には町田康さん、宮内悠介さん、木下古栗さん、古谷田奈月さんなどにご寄稿いただきました。
 
『七年の夜』は書肆侃侃房の「韓国女性文学シリーズ」の3作目にあたります。これまでに、キム・インスク『アンニョン、エレナ』、キム・リョリョン『優しい嘘』を刊行してきました。最新作『七年の夜』をぜひ、お読みください。

『七年の夜』は書肆侃侃房より11月10日ごろ刊行◆

◆イベント情報◆
「世界文学のなかの韓国文学 ~いま、韓国文学がおもしろい!~」
都甲幸治×斎藤真理子トークイベント

日時:2017年11月28日(火)19時開演
場所六本松 蔦屋書店(福岡市中央区六本松4丁目2−1 六本松421)
参加費:1000円
詳細:六本松 蔦屋書店サイト イベント案内ページ https://store.tsite.jp/ropponmatsu/event/magazine/1136-1900111102.html
 
「新しい韓国の文学」(クオン)、「韓国女性文学シリーズ」(書肆侃侃房)につづいて、「韓国文学のオクリモノ」(晶文社)がスタート。最近でも『ギリシャ語の時間』(ハン・ガン)、『七年の夜』(チョン・ユジョン)が刊行されました。日本でいま、韓国文学が盛り上がりをみせています。パク・ミンギュの作品にいち早く賛辞を送り、注目してきた都甲幸治さんと、『カステラ』『こびとが打ち上げた小さなボール』など韓国文学の翻訳を手がけてこられた斎藤真理子さんをお招きして、「世界文学のなかの韓国文学 ~いま、韓国文学がおもしろい!~」と題したトークイベントを開催します。
 
 前半は新刊『今を生きる人のための世界文学案内』(立東舎)を刊行された都甲さんによって、ノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロをふくめた世界文学の状況を主に語っていただき、 後半にはその世界文学のなかでの韓国文学について、話を展開していただきます。「世界の文学のいま」にご興味がある方、ぜひお越しください!!

 
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