先月(2月)、別々の版元からいまもっとも注目されている韓国の最新エンターテインメントの邦訳がほぼ同時に刊行されました。そこで当サイトでは、それぞれの担当編集者氏に、それぞれの作品の読みどころやおもしろさを語っていただきました。


 韓国の女性ベストセラー作家チョン・ユジョン『種の起源』を、ようやく皆様にお届けできるようになりました。
 日本で刊行される2冊目の翻訳となる本書は、早川書房のポケミス1840冊の歴史の中で、初めて刊行される韓国ミステリとなります。前作の『七年の夜』は映画化され、韓国では刊行部数55万を越えるベストセラーとなっていますが、本書も韓国ではすでに25万部を越え世界9カ国に映画化版権が売れている傑作サイコミステリです。
 法学部生のユジンは、目覚めると全身血だらけ、階下には血の海と母の死体、そして昨夜の記憶ナシ、という絶体絶命の状況からスタートする3日間の物語ですが、話は早々に読んでいる者の想像の斜め上方向へと突き進んでいき、「この物語のどこが面白いのか」というポイントが話の展開に従ってどんどん変化していくところが最大の魅力にして読みどころです。

 翻訳は『七年の夜』に引き続き、カン・バンファさんにお願いしました。カンさんは昨年著者が来日された際も書店イベントの通訳として活躍され、著者の良き理解者であり翻訳者として適任であることは、本書の「訳者あとがき」の鋭い論考に目を通した方々には分かっていただけたと思います(「著者あとがき」と「訳者あとがき」は両方とも、本篇の後に読むのをおススメします!)。
 カンさんは本書の翻訳にあたって、詳細な室内の間取り図と周辺地図を作成して翻訳描写の正確性にこだわり、著者とも親交が深いおかげで物語の細部にわたって著者本人に細かい確認をしながら仕上げてくださいました。

 昨年来日された際のイベントの様子をアジアミステリ研究家の松川良宏さんがtwitterで詳細にレポートしてくださっており、松川さんのチョン・ユジョンさんへの質問とそのお答えから、著者の本がアメリカで“韓国のスティーヴン・キング”と銘打たれていること、また著者がスティーヴン・キングをボロボロになるまで読み込んでいる大ファンで影響も受けていることなどを知り、今回本書の帯の惹句でもその言葉を使わせていただきました。この惹句は多くの方々の心に響いたようで、松川さんには大変感謝しております。
 本書をお読みになった方々ならば、キングが引き合いに出されている理由も、本書のアメリカ版が THE GOOD SON(良い息子)という意味深なタイトルに変更されている理由も、十分お分かりかと思います。
 ジェットコースターのようなツイストの効いた高速展開で「読者のイヤな予感がすべて当たっていく話」です。どうぞ最後までお楽しみください!

(早川書房・井手聡司)   



『殺人の追憶』『オールド・ボーイ』『チェイサー』……。独特の緊張感や興奮、そして不条理な暴力が漂う韓国映画の中毒性にはまっている方は結構多いはず。かく言う私も、目を覆いたくなるのに瞳孔は開いてしまうような、あのヤバい熱量に完全にやられちゃっている口。そんな私が昨年、ソウルで開かれた小さなブックフェアに足を運んだのも、「韓国映画のような小説が読みたい」という一心からでした。

 しかし、長年純文学を中心に発展してきた韓国の文学界では、いわゆる「国産のエンタメ小説」の数自体が少なく、ブックフェアでも紹介されるのは品の良い短篇集や心温まる児童文学ばかり。これは空振りかな……と思った矢先、現れたのが Gozknock ENT(コジュノク・エンタ)という出版社でした。韓国では珍しく、国内のエンタメ作家発掘に特化し、独自のレーベル「Kスリラー」を立ち上げている同社がそのとき、私に真っ先に紹介してくれたのが本書『あの子はもういない』だったのです。

『あの子はもういない』の主人公(ユン・ソンイ)には、離れて暮らす高校生の妹がいる。ある日、ソンイは警察から、妹が行方不明になったと告げられる。それも、一人の少年が不審な死を遂げたのと同時に。警察はこれを殺人事件と見て、妹を重要参考人として追いはじめていた。それを聞いたソンイは妹の足跡を辿るため、まずは彼女の家へと向かう。だが、そこでソンイが見つけたのは、居間や勉強部屋、さらにはバスルームにまで、家中に取り付けられた無数の監視カメラだった――。誰がカメラを仕掛けたのか。妹は一体どこにいるのか。そして彼女は本当に少年を殺したのか。不穏な謎に満ちた物語は、ノンストップで衝撃のラストへと駆け抜ける……。

 コジュノク・エンタの担当者からあらすじを聞きながら、私は「これこれ!!」と胸を躍らせました。そして帰国後、翻訳権を取得し、邦訳原稿があがるとすぐに一読。いやー、面白い。消えた妹を追う本格スリラーの中で、まるで韓国映画のように立ち現れる様々な暴力。人間の業を凝縮したような、強烈な登場人物たちが繰り広げる予測不能の物語。私たちが「韓国のエンタメ」に求める要素を全て詰め込みながら、小説でしか成しえない企みにも成功している。ラストの余韻もずっしりと胸に迫る。これを、デビュー作でやってのけるとは――。
 
 著者のイ・ドゥオン氏は1985年生まれの女性作家。まずは韓国映画を楽しむように、彼女が作り上げた物語にどっぷりと浸かってみてください。韓国エンタメ小説の新時代を切り開く一冊として、自信を持ってお届けします。

(文藝春秋・坪井真ノ介)  
◆あわせて読みたい当サイト掲載記事
2017.10.11 キム・ヨンハ『殺人者の記憶法』(執筆者:株式会社クオン・伊藤)
2017.11.08 チョン・ユジョン『七年の夜』(執筆者:書肆侃侃房・田島)
2018.11.07 ピョン・ヘヨン『ホール』(執筆者:書肆侃侃房・田島)

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