■キム・ヨンハ『殺人者の記憶法』(吉川凪 訳)■
俺が最後に人を殺したのはもう二十五年前、いや二十六年前だったか、とにかくその頃だ。それまで俺を突き動かしていた力は、世間の人たちが考えているような殺人衝動や変態性欲などではない。もの足りなさだ。もっと完璧な快感があるはずだという希望。犠牲者を埋めるたび、俺はつぶやいた。
次はもっとうまくやれるさ。
俺が殺人をやめたのは、まさにその希望が消えたからだ。
今年韓国で一番話題になった作家といえば、キム・ヨンハではないでしょうか。1995年のデビュー以来数々の作品を発表し、既に韓国の主な文学賞は総嘗めにしており諸外国でも翻訳書が刊行されている人気作家ですが、今年5月、数年振りに発表した短編集が早々にベストセラー入り。バラエティ番組にレギュラー出演してはその発言が話題になり、秋には映画『殺人者の記憶法』が公開され、原作者のキム・ヨンハに改めて注目が集まりました(原作は2013年刊)。
『殺人者の記憶法』の主人公(キム・ビョンス)は田舎の元獣医。アルツハイマーによる記憶障害が出はじめているものの、過去に犯した殺人の記憶は失われることなく、事件を振り返るその口調には罪の意識など皆無です。この25年ほどは殺人をやめ、詩作などを行いながら娘と平穏な日々を送ってきた彼の周囲で新たな連続殺人事件が発生し、キム・ビョンスは偶然出会った男が連続殺人事件の犯人だと直感します。しかも次のターゲットが自分の娘ウニだと確信した彼は、混濁していく記憶力に抗いながら人生最後の殺人を企てます。果たして彼は娘を守ることができるのか――。
キム・ヨンハの作品からは人生のアイロニーが感じられるものが多いのですが、この『殺人者の記憶法』もその例にもれません。物語が進んでも謎がすべて解けることはなく、逆に大きな疑問が投げかけられます。そのあまりにも意外な展開に、何かサインを見逃したのではないか、どこから踏み外してしまったのかと、読了後に一から読み返さずにはいられません。またその疑問は、キム・ビョンスを通して物語を追ってきた読者にも投げかけられます。記憶の層で作られた自分は本当の自分なのか、と。
『殺人者の記憶法』はクオンの「新しい韓国の文学」シリーズ17作目にあたります。同時代の韓国文学から選りすぐって紹介するこのシリーズには、2016年にマン・ブッカー国際賞を受賞したハン・ガン著『菜食主義者』や、同年のフランス推理小説大賞にノミネートされたキム・オンス著『設計者』なども含まれ、韓国文学の面白さと多様さを味わっていただけるラインナップになっています。最新作『殺人者の記憶法』はシリーズの小説のなかで最もスリムな一冊ですが、余韻の深い作品です。映画と原作とで異なる点も多々ありますので、ぜひ両方お楽しみください!
◆『殺人者の記憶法』クオンより10月30日刊行 試し読みはこちらから◆
◆映画『殺人者の記憶法』は2018年1月27日よりシネマート新宿ほか全国公開→公式サイト
(株式会社クオン 進行管理担当 伊藤)
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