10作全部にコメントをつけるつもりでいたが、このペースでやっていくと長くなりすぎるので、あとは数作のみにして残りは省略する。
まず、『グラーグ57』は、あの『チャイルド44』の続篇で、あるいは前作に比べると落ちるのではないか、という批判はあるかもしれない。しかし『チャイルド44』と『グラーグ57』はジャンルの異なる小説なのだと解されたい。つまり今度は緊迫したアクション小説なのだ。下水道の追跡シーン、オホーツク海の囚人護送船の死闘、強制労働収容所での過酷な拷問、そしてラストのハンガリー動乱まで、波瀾万丈のレオの冒険をたっぷりと堪能できる。
『静かなる天使の叫び』もいい。これも当時の新刊評を引いておく。
「連続少女惨殺事件が起きる−−という粗筋を聞いただけで、またかよと言いたくなるが、しかしご安心。実に豊穣な物語が展開するのである。その詩情、豊かなドラマ性、秀逸な人物造形、筆致の冴え−−すべてが素晴らしい」
「これは、少年小説であり、家族小説であり、年上女性との愛を描く小説であり、ええい、まだ続くぞ。青春小説であり、作家をめざす青年の成長小説であり、窮地においやられた人間が絶望から立ち上がるまでの小説である」
「急いで付け加えておくが、ミステリー的にはやや乱暴であることは否めない。ラストの性急さとあっけなさも指摘されるかもしれない。しかしジョゼフの波瀾に満ちた半生をここまで鮮やかに描いてくれれば十分だ」
いやはや、すごい賛辞だ。ここまでの4作が私のベスト4である。9月末までに翻訳刊行したものの中からベスト10を選べ、という命題なので、現実のベスト10とは2ケ月の時差がある。10月〜11月に刊行されるものもあるだろうから、2カ月後に選べば少し違ってしまうかもしれない。これはあくまでも、9月末の時点におけるベスト10だ。
たとえば、これから出てくる翻訳ミステリーでは、ディーヴァーの作品がある。昨年のディーヴァーは、ヒロインの特性を生かしていないという点で批判したけれど(相手の嘘がわかるという特性なのに、その相手が逃げちゃったものだから体面することが極端に少ないのだ。このプロットはないだろう)、今年の作品はあの黄金コンビに戻るので、安心できるか。
他にもこのベスト10を脅かす作品が出てくるかもしれない。しかし何が出てきても、5位以下を入れ換えるだけで済むような気がしないでもない。5位以下の作品は、個人的な選択だから(いや全部個人的だけど)、このほうがいいぜ、と言う方がいたら、譲ってもいい。しかし10位のフランシスについてはここで触れておきたい。
いまさらフランシスかよと言われそうだが、もうフランシスは終わったと思っている人にぜひこの長編を読んでほしい。全体の4分の1が法廷シーンというのも異色だが、これが読ませるからもっとびっくり。もちろん全盛期の作品には及ばないが、それは贅沢というものだ。フランシスの新作を読めるだけで幸せだと、最初はそういう感慨で読み始めたのだが、そのうちに引き込まれていくのである。たとえ10位であっても、フランシスの作品をベスト10に入れる日がふたたびやってくるとは思ってもいなかった。2009年のベスト10でいちばん嬉しいのはそのことだ。
北上次郎