こんにちは。編集者エッセイ第二弾ということで大変緊張しています。早川書房のナガノです。翻訳ミステリーの雑誌《ミステリマガジン》や書籍に関わっております。

 編集者と言われると、どういう職場を想像されるでしょうか。担当するジャンルによって仕事の内容も雰囲気もさまざまですが、翻訳ミステリーの場合はわりと地味です。

 校了期と呼ばれる原稿を印刷所に入れる時期こそ、残業続きで昼夜の区別がよくわからなくなり、夕食をとりに店に入ると「もう閉店ですが」と言われることもあるのですが、それ以外はそこまで死に物狂いになることはなく、ひたすら社内にこもってゲラもしくはパソコンと黙ってにらみあっています。ときどきパソコンとにらみあいすぎて液晶酔いします。そして窓から入り込む神田の飲み屋街が発する焼き鳥の匂いやお酒を飲みにいきたい気持ちやその他の誘惑と闘っています。

 どうですか、普通でしょう。むしろ想像どおりでしょうか? 

 みなさんがどういう想像をされているか興味がありますが、それはさておき、最近入社前には想像していなかったな……と個人的にしみじみ思うのが、電卓を使った計算の多さです。

 面白そうな原書があるな。これを日本語に翻訳したらどれぐらいの厚さになるだろう。この軽めの題材だとあまり厚さがあるのはいやだなー。

 そういうときが、電卓と秘伝の計算式の出番です。まずは原書の1行ごとの平均の文字数を計算します。それに総ページ数をかけると一冊の文字数がわかります。さらにそれを145で割ると、日本語に訳した場合の大体の枚数になります(枚数というのは、400字詰原稿用紙の枚数ですね。渾身の1000枚書き下ろし!とよく広告などで書いてあるのも400字詰原稿用紙の枚数のことです)。さらにそれを刊行したい版型(文庫や単行本や新書サイズなど)にあてはめると、邦訳したときに何ページの本が出来上がるかわかるわけです。

 まあこれは諸々省略した説明ですが、こんな感じで電卓を叩きつづけることがしばしばあります。あ、これは翻訳もの特有の作業ですね。《ミステリマガジン》に掲載する翻訳ものの短篇の長さを計算するときも、ひたすら電卓を叩きつづけます。そういう作業がけっこう多いのです。

 ま、以上のようなことは算数レベルなのでいいとしても、文系のお仕事と思われがちな小説の編集でも、理系の知識はしばしば必要とされます。

 特に翻訳ミステリーの場合、銃器用語が頻出します。わたしがいま編集しているのは文芸寄りのエンターテインメントですが、それでも「レミントン721」「30‐06弾」「ウィンチェスター・モデル94レバーアクション・30‐30」なんて暗号のような銃器関連用語が出てきます。

 また、科学や医療用語もばんばん出てきます。わたしもこの2年で量子力学が題材になっているミステリーを2冊編集しました。もう理系科目なんていや!言葉とつき合って一生を過ごす!と思い編集者をめざす若い皆様はそこのところぜひ気をつけてくださいね。

 もちろん校閲という力強い味方はいるのですが、わたしのように陰鬱な思い出しかない理系科目は忘れようと思って生きてきた場合、科学系ノンフィクション編集者に文章中の疑問点を気軽に聞きに行ったりすると、フレミング左手の法則が作れないことを馬鹿にされたりします。けっこう悔しいです。

早川書房 ミステリマガジン編集部 ナガノ