みなさんこんにちは。このサイトで「冒険小説にはラムネがよく似合う」を執筆しております、東京創元社翻訳ミステリ担当のSと申します。今回は2月27日発売のミネット・ウォルターズ『遮断地区』(創元推理文庫)についてご紹介したいと思います。何回かこの「編集者のひとりごと」を書かせていただいておりますが、本記事ではいつもの「ラムネ」形式で、わりと客観的(?)にこの作品のよいところを語ってみるつもりです。自分で自分の担当した本をレビューするとはこれいかに。おつきあいいただけますと幸いです。
さて、まずは『遮断地区』のあらすじを……
バシンデール団地に越してきた老人と息子は、小児性愛者だと疑われていた。ふたりを排除しようとする抗議デモは、彼らが以前住んでいた街で十歳の少女が失踪したのをきっかけに、暴動へ発展する。団地は封鎖され、石と火焔瓶で武装した二千人の群衆が襲いかかる。医師のソフィーは、暴徒に襲撃された親子に監禁されて……。現代英国ミステリの女王が放つ、新境地にして最高傑作。
この作品の翻訳原稿を最初に読んだとき、いやーもう、本当にびっくりしました! なんでかといいますと、「ウォルターズなのにめちゃくちゃ読みやすい」から! ミネット・ウォルターズは創元推理文庫から何冊か翻訳刊行しておりますが、どちらかというと「暗い、重い、怖い」という感じの作風で、じわじわ読み進めるタイプの作家だと思っていたのです。それがまぁ、ページをめくる手がとまらないのなんのって! 仕事をさぼるわけにはいかなかったんですが、電車で読み、食事中も読み、しまいにはお風呂にも原稿を持ち込んで、1日半で一気読みしてしまいました。そういう作品を“ページターナー”と呼びますが、まさかウォルターズ作品でページターナーなんてものが存在していたとはなぁ……。
その理由は、本書の設定にあります。あらすじにあるとおり、この作品はイギリスの団地を舞台にしています。低所得者が多く住んでいるバシンデール団地は、“教育程度が低く、ドラッグが蔓延し、争いが日常茶飯事の場所”です。通称が“アシッド・ロウ”。アシッド(Acid)はLSDという麻薬を、ロウ(Low)は通り、街区を意味しています。まぁそんな、住みやすそうとはとてもいえない荒んだ場所に、小児性愛者が引っ越してきたという噂が広まります。そして彼らを排除しようとする抗議デモが、不良少年たちの参入により、大規模な暴動に発展してしまいます。おまけにこの団地は変な作りになっていて、何カ所かにバリケードをこしらえると完全な閉鎖空間になってしまうのです! コンクリートの壁に阻まれ、閉じられた空間でいったい何がどうなってしまうのか。この予測不可能な設定と、頻繁に視点を変えることで緊迫感に満ちた現在進行形のドラマを作り上げる構成力により、読者は作品世界に没入させられてしまうのです。
また、作品を全体をつらぬく「大いなる謎」が冒頭で提示されています。それは「誰が死ぬのか。誰が殺すのか」。ウォルターズは物語のなかに、新聞記事やジャーナリストの手記などを挿入するのを好みます。それによって客観的な視点を取り入れ、社会問題などをうまくフィクションにからめています。最初のページで、“5時間にわたる暴動で死者3名、負傷者189名”という新聞の見出しが紹介されます。それによって、ふむふむ、3人死ぬのか。誰なんだろう? というのを気にしながら読んでいくことになるわけです。
つーかですね、物語の半分くらいまで進むと、誰が死ぬのかというより、「頼むからこの人を殺さないで!!」という気分になってきます。ウォルターズお姉様! お願いですから○○だけは助けてください!! みたいな。だってもう、みんな死亡フラグ立ちすぎなんですよ! 誰が死んでもおかしくない! 半ばくらいまで読み進むと、感情移入できる登場人物も増えてくるだけに、よけいに誰が死ぬのかわからなくなってきます。おまけに、イギリスの女性作家って性格が悪いというかねじ曲がっているというかドSっていうか……。まぁ、そこが魅力なんですが、正直、主人公でさえも殺しかねないところがあるからなぁ……。そのあたりのハラハラする感じはぜひ体験してもらいたいものです。
そんな大いなる謎である「誰が死ぬのか。誰が殺すのか」ですが、これ、見抜ける人はほとんどいないと思いますよ! まぁ、わかるように書いてあるわけではないんですが、もうほんと、ちょう意外です。びっくりするはずです(ニヤリ)。先ほどキャラクターについてちょっと触れましたが、これまた魅力的なキャラクターがたくさん出てくるのです! 最初はろくでもないな〜と思っていたシングルマザーのメラニー、その恋人のジミー。小児性愛者の家に監禁されてしまう医師のソフィー。そして暴動をなんとか鎮めようとする団地の住人たち。彼らはお世辞にも「立派な人」とはいえない人間ばかりです。でも欠点ばかりの人々が、窮地に追い込まれたときに何を考え、どう行動するのか。そこをきっちりおもしろく描いてくれるウォルターズの筆力は、やはり圧巻のひと言です。
あとは2011年12月に刊行した『破壊者』にあったような、警察の捜査パートもおもしろいです。小児性愛者に対する抗議デモが暴動にまで発展してしまった背景に、10歳の少女の失踪事件があります。この事件から見えてくる、いびつな人間関係の暴きかたといったらまぁ……。いやもう、ほんとイギリス女流作家って性格悪……、いやそれはおいといて、すばらしいのひと言です。イヤーなお話が読みたい人にはうってつけです! おまけにこの失踪事件は暴動と同時に起きているため、警察ではどちらの陣営も人手不足におちいってしまうというのもうまいなぁと思います。本当によくできたミステリなんですよ〜。
“新境地にして最高傑作”。作品のキャッチコピーを考えたときにまずこれが浮かび、他はあまりしっくりきませんでした。社会問題をうまく取り入れた読み応えのある作風や人物描写のうまさは変わっていませんが、がらりと雰囲気が変わったことで、より魅力が増したと思います。著者のファンのかたはもちろん、今まで「ウォルターズってちょっと……」とためらっていた人は、この機会にぜひ挑戦していただけるとうれしいです! とにかくおもしろい! いろいろ書き連ねましたが、いいたいことはそれだけです。
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