(承前)

 この調子で書いていると、とめどなく長くなりそうなので、ここから先は駆け足で。

 第六位の『法人類学者デイヴィッド・ハンター』は、今回あげた十作中、最も読まれていないだろうと想われる一作だ。いかにもなタイトルはこの際おいとくとして、先入観無しで読んでみて欲しい。これは、骨が語る真実の声を聞き取ることができる名探偵を主人公にした、伝統的な英国スタイルに最先端の米国産の手法を取り入れた、謎解きミステリの秀作なのだ。

 第七位の『水時計』は、正統派の謎解きミステリとしては本年度最高の収穫。イングランド東部の沼沢地帯(フェンズ)にある大聖堂で有名な小さな街・イーリーを舞台に、水路に落ちた車のトランクから死体が発見される冒頭から、洪水の迫る中での犯人との対決まで、全編を水に彩られた丁寧な作りの本格ミステリである。

 第八位の『迷惑なんだけど?』は、いつもながら奇人変人ばかりが集う、喧々囂々たるガーテンパーティさながらの、いかれているけれども、筋の通った爽快なる犯罪小説。ちなみに毎回、動物の使い方が絶妙な作者ですが、今回のカニには……嗚呼、恐ろしい。

 残り二作ですが、9位の『川は静かに流れ』については、第一回の北上次郎氏の熱いコメントにつけ加えるべきことがないので省略。読み応えのある力作であるのは十分承知の上でこの順位なのは、アクの強い作品好みという私の志向によるもので、広く万人に勧めたい傑作であることは間違いない。

 問題は第10位の『夢で殺した少女』だ。こういう作品を個人的なものとは言え、ベスト10に入れてしまうのもどうかと思わないではなかったのだけれども、好きなんだからしょうがない。

 これは、『川は静かに流れ』の対局にあるようなミステリだ。北上氏は、同書を「36名中18名(半分だ!)に批判され、深く傷ついて帰宅した」と書かれているが、本書の場合、恐らく10名中9名が批判するだろう。中には、本を投げ捨てる人もいるかも知れない。でも、私は傷つかない。なぜなら、これは、バカミスだから。それもドゥエイン・スウィアジンスキーの『メアリー-ケイト』(ハヤカワ・ミステリ文庫)並の、トンデモ一発ネタのB級怪作だから。

 アマゾンの奥地で入手した”謎の粉末”を誤って飲んだ瞬間に主人公が観た、謎の少女と死別した父。幻覚というにはあまりにリアルな映像におののきながらも、続きが知りたくて、再度粉末を口にした主人公は……。

 なにがなんだか解らないものの、ぐいぐいと引き込まれ読み進んでいたら、中程でびっくり仰天。こ・う・く・る・の・か。よく考えるとおかしな処もあるけれども、そんな瑕疵を軽く吹っ飛ばす本年度一番の珍作。「デニス・ホッパー絶賛、出演映画原作!」という帯のキャッチコピーに、驚くと同時に——これを映画化するのか!?——不思議とすんなり納得してしまった。

 さて、以上10作あげてみたけれども、まだこれは暫定版。10月だけでも、マット・ラフ『バッド・モンキーズ』(横山啓明訳/文藝春秋)、ジェフリー・ディーヴァー『ソウル・コレクター』(池田真紀子訳/文藝春秋)、マルセル・F・ラントーム『騙し絵』(創元推理文庫)といった期待度大の新作が控えている。最終的に11月末の時点でどんな順位になっているのか、楽しみでもあり悩ましくもある。

 川出正樹