今日から定期的に、コージー・ミステリーのシリーズを紹介していくつもりでいる。作品単体ではなくてシリーズでの紹介だ。というのも、世の中に流通しているコージー・ミステリーのほとんどが、かなり巻を重ねた状態になっていて、これから楽しむために本を選ぼうと思っている読者にとっては、ちょっと敷居が高いことになっているからだ。翻訳ミステリのコージー作品を定期的に紹介してくれる媒体が、「ハヤカワ・ミステリ・マガジン」しかないから仕方ないんだけどね。ちなみに同誌の「HMMレビュー」というコーナーでは毎回四人の書評子が新刊作品のレビューを書いているが、私がその月のコージー・ミステリーを紹介することが多い。一人のレビュワーが一つのジャンルに集中して書いたほうが、評価の軸が定まっていいだろうと思ってそうしているのだ。以後お見知りおきを。

 記念すべき第一回に採り上げるシリーズを誰にしようか迷ったのだけど、今のお気に入りにさせてもらうことにした。アリス・キンバリー〈ミステリ書店〉シリーズだ。これはね、コージーの枠を超えて読まれるべき傑作です。読んでない人はもったいないですよ。

 主人公のペネロピー・ソーントン・マクルーアは、ミステリ専門店の新米共同経営者だ。夫に先立たれたペネロピーは、伯母のサディが経営する書店が青息吐息で閉店寸前だという報を聞き、息子のスペンサーを連れてニューイングランドの田舎町へと引っ越したのである。そして旧態依然とした街の本屋を、時には作家がプロモーションのために来店することもある、ミステリー専門書店〈バイ・ザ・ブック〉へと作り変えた。その書店周辺で起きる怪事件を描いた連作ミステリーなのだ。

 シリーズ第一作『幽霊探偵からのメッセージ』は、〈バイ・ザ・ブック〉が招いたベストセラー作家ティモシー・ブレナンが、店頭でのプロモーション中に頓死するという迷惑な事件から始まる物語である。その事件と時を同じくして、ペネロピーは不可解な幻聴に悩まされ始めていた。男の声はジャック・シェパードと名乗った。なんとそれは、ブレナンの小説に登場する、実在した私立探偵の名前だったのである。

 実は、〈バイ・ザ・ブック〉の店舗こそが、一九四九年にジャックが鉛の弾をくらって落命した場所だった。ジャックは魂をその場所に結びつけられ、動けなくなってしまっていたのだ(いわゆる地縛霊というやつですね)。なぜか、ペネロピーだけが探偵の声を聴きとることができた。ブレナンの死が謀殺だと見抜いたジャックに導かれ、彼女は事件の捜査を開始する。

 タフガイの幽霊と本好きの女性。シリーズのおもしろさは、水と油のような二人がタッグを組み、一つの事件に当たるところにある。作者は、今まさにペネロピーが直面している事件を、一九四〇年代のジャックの事件ファイルに重ね合わせるという趣向を思いついた。過去の事件の中に、現在の謎を解くヒントが秘められているというわけである。現在と過去の二つの時間が並行して描かれ、読者は両方を楽しむことができる。一方はハードボイルド・タッチ、もう一方はコージー・ミステリ・タッチと書き分けもされ、まるで退屈することがない。最初の事件のときは書店から動くことができなかったジャックの魂だが、第二作『幽霊探偵の五セント銀貨』において、ペネロピーが不思議な五セント銀貨を拾ったことから、それを使ってどこでも彼女と通信できるようになる。それによって、事件の幅も一気に膨らんだのだ。同時に、二人の間にも幽霊と人間の境界を越えた共感が芽生え始めた。

 古くはネロ・ウルフ&アーチー・グッドウィンやバーサ・クール&ドナルド・ラム、最近ではリンカーン・ライム&アメリア・サックスといった例のある、コンビ探偵の系譜に連なる主人公像だ。先に述べたような二重の物語構成など新しい工夫も多く、前例のない楽しいシリーズということができる。事件の題材も、第三作『幽霊探偵とポーの呪い』ではエドガー・アラン・ポーの稀覯書、第四作『幽霊探偵と銀幕のヒロイン』ではフィルモ・ノワールと、ミステリ・ファンの嗜好をくすぐるものばかりが準備されているのだ(二〇〇九年の最新作『幽霊探偵と呪われた館』では幽霊屋敷が舞台になり、ゴシック・ホラーに挑戦しているらしい。これから読みます)。物語の題材にあわせ、各章のエピグラフにもそれにふさわしい文章がとられる慣わしで、それも楽しい。なにせ第一作でジャック・シェパードが名乗りを挙げる場面では、ミッキー・スピレイン『復讐は俺の手に』から次の一文が引かれているのである。「そいつは完全に死んでいた」

 アリス・キンバリーはマーク・セラシーニとアリス・アルフォンシの夫婦合作の筆名で、別名義クレオ・コイルではニューヨークのコーヒーショップ店長を主人公にした〈コクと深みの名推理〉シリーズも著わしている。ロマンスと都会小説の洗練とをミステリーに盛りこんだ連作で、こちらも読むべき傑作だ(いずれこの欄でもご紹介するときがあるでしょう)。あまり注目されていないようだが、アリス・キンバリー=クレオ・コイルこそは、現代ミステリーファンが大事にすべき良心の塊のような作家なのである。どの作品を読んでもほぼ外れなし。まずはシリーズ第一作『幽霊探偵からのメッセージ』を手に取ることをお薦めします。

 『ミステリが読みたい2010』所載の拙著コージー・ガイドの評価では——

 ストーリー ★★★★★

 サプライズ ★★★★

 キャラクター★★★★

 ロマンス  ★★

(★5つが満点)

 杉江松恋