きょうから数回にわたって、ダン・ブラウンの新作『ロスト・シンボル』(2010年3月3日発売)にまつわる訳出上のこぼれ話や最新情報などを書かせていただきます。題して、「ロスト・シンボルへの道」。

 いやあ、ほんとうに長らく待たされました。『ダ・ヴィンチ・コード』の原書が出たのが2003年の3月。訳書が出た2004年5月には、続編(当時は “The Solomon Key” という仮題)がまもなく書きあがるのではないか、と言われていました。それから早6年。そのあいだに、こちらはノン・シリーズの『デセプション・ポイント』と『パズル・パレス』を訳し、『天使と悪魔』も含めた4作すべてが文庫化され、映画2作が公開され、”The Solomon Key”のガイドブックまでもが刊行され、それでもなんの音沙汰もなく……。何度か作者サイドに照会しましたが、そのたびに「いま書いてます」って、そば屋の出前じゃあるまいし……いえ、もちろん、『ダ・ヴィンチ・コード』の反響があまりにも大きかったんで、推敲に推敲を重ねたのであろうことは推測できます。でも、その割にダン先生、映画の撮影現場を毎日訪れて、ロン・ハワードとかトム・ハンクスとかとにこやかに記念写真におさまったり……いえ、いいんです、ついに出たんですから。そう言えば、このサイトが開設されたばかりのころ、扶桑社の(と)さんから励ましのことばをいただいたんでしたね。遅ればせながら、どうもありがとうございます。あのとき、こちらは翻訳に手をつけたばかりの修羅場でしたが、俄然やる気が湧いてきました。

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 ちなみに、本国アメリカでの発売日は2009年9月15日でしたが、これは『ロスト・シンボル』の作中で何度も(約50回!)言及されるフリーメイソンの聖なる数「33」に基づいています。え、なぜって? だって、09+9+15=33でしょう? うーん、ちょっと苦しいか。でも、日本語版は完璧ですよ、3月3日発売ですから。その日に合わせるために、こっちは正月返上で……いえ、いいんです、ついに出るんですから。

 さて、『ダ・ヴィンチ・コード』から何年も経ったので、ラングドン・シリーズのことをすっかり忘れてしまったかたも多いでしょうから、軽くおさらいしておきましょう。主人公のロバート・ラングドンはハーヴァード大学教授で、専門は宗教象徴学。宗教や美術に関する該博な知識を持つ一方、スポーツ万能で、とりわけ水泳が得意。しかし、子供のころに井戸に閉じこめられた経験があり、せまい空間が大の苦手。にもかかわらず、『天使と悪魔』では棺桶に閉じこめられたり、『ダ・ヴィンチ・コード』ではエレベーターで異様に息苦しくなったり、さんざんな目に遭いますが、『ロスト・シンボル』ではそれとは桁ちがいの絶体絶命の危機に陥ります。『天使と悪魔』ではローマ、『ダ・ヴィンチ・コード』ではパリとロンドンというように、前2作はヨーロッパが舞台でしたが、今回はアメリカ合衆国の首都ワシントンDC。ちょっと地味な印象があるかもしれませんけれど、いえいえ、とんでもない、ワシントンにこれほどすばらしい美術作品や建造物があることと、つぎつぎ意外な事実が判明することに、みなさんも驚かれるはずです。

 ダン・ブラウンの作品の魅力は、ひとことで言えばスピード感と蘊蓄です。そのふたつは本来なら両立しないはずのものですが、ダン・ブラウンの作品は緩急の使い分けが実に巧みで、一気に読まされてしまいます。また、ページターナーであるために見落とされがちですが、伏線の張り方が巧妙だと思います。ここまではあとがきなどにも書きましたが、そのほかに、「過剰」や「唐突」を楽しむ、という読み方もできるかもしれません。たとえば、『天使と悪魔』で、20ページぐらい進んでもたった1分しか経っていないという、異様に濃密な描写。『デセプション・ポイント』では、あの動機のために北極全体を使ってトリックを仕掛ける過激さ。そして『パズル・パレス』では、さんざん考えさせたすえの、意表を突くあのパスワード。

 もちろん、『ロスト・シンボル』も、上にあげたすべての特徴を備えたページターナーだと請け合います。どうぞお楽しみに。

 さて、今回はまだ発売前ということもあり、ダン・ブラウンにまつわるトリヴィア・クイズを少々。

[1] 『天使と悪魔』は小説として書かれる前、別の形で発表されました。それは何?

 (1) 戯曲  (2) 音楽  (3) 絵画  (4) 彫刻

[2] ダン・ブラウンと妻ブライズの年齢差は?

(1) 妻ブライズが12歳下

(2) 妻ブライズが6歳下

(3) 妻ブライズが6歳上

(4) 妻ブライズが12歳上

[3] 小説を執筆する前、ダン・ブラウンが書いたと言われるノウハウ本のタイトルは?(日本で未刊行)

(1) 最高のパートナーを得るための187か条

(2) 近づいてはいけない187人の男

(3) 187ドルあればだれでも幸福になれる

(4) あなたの本質を知る187の問い

 重箱の隅ばかりですみません。正解はあす(3月2日)に発表します。次回はほかに、『ロスト・シンボル』の最大のテーマであるフリーメイソンの話を書きます。お楽しみに。

 (つづく)

 越前敏弥