その腰巻きに用がある

 翻訳ミステリと銘打たれたブログにお越しのところ、のっけからだまし討ちするようで大変心苦しいのですが、国内ミステリを主に担当しているFと申します。いちおう時折、翻訳作品も編集しているので、何とか面目は保てると思うのですが……

 とここまで書いて早くも力尽きました。みんな何書いているんだろうとアンチョコ(過去の記事)を覗いたところ、おお、弊社のM青年が本のタイトルについて書いているではないですか。では私めは、本の「帯」についてお話しいたしましょう。

 念のため、帯とは本の下側三分の一程度の面積を覆うように、カバーの上に巻かれた紙のことです。別名「腰巻き」ともいい、新刊書であれば、たいていどんな本にも巻かれていると思います。基本的に、帯にはカバーだけでは伝えきれない情報を載せるのですが、もちろん情報量が多ければいいというものでもなく、そのちっぽけな面積(ヨコ105mm×タテ50mm、創元推理文庫標準)は、いつも編集者の心を悩ませます。

 唐突ですが、皆さんは何を見て本を買われるのでしょう。

 タイトルが面白そうだから? カバーイラストが可愛かったから? 作者のファンだから? 書店店頭のワゴンでどーんと平積みされているから?

 帯を見て興味を持ったから?

 編集者にとって自分が担当した本は我が子も同然。なるべく多くの方に手に取っていただくために、「いい子いまっせ」というセールストークにかえて、精一杯美しい衣装(装幀)を用意し、素敵な名前(タイトル)と血筋の良さ(著訳者名)をアピールします。

 でも皆その気持は同じ……周囲と差別化を図るにしても、単純に派手にすればいいってもんでもない。

 そこで運命を握るのが、帯のコピーなのです。

 さて、帯のコピーとは具体的にどのようなものなのか? わかりやすいように、俺基準で恐縮ですがタイプ別分類を試みました。

・剛速球型

「9か国で累計80万部突破!」「映画化決定!」「年末ベスト第1位!」「売れすぎて申し訳ないっス!」とか書いてあるやつです。いつか「全米が泣いた」というのをやってみたいと豪語している同僚もいますが、まあ周囲に止められると思う。

・説明型

 芸がない方法と思われるかも知れないが、ミステリ、SF、ファンタジー等では案外有効な場面が多い。「英国現代本格」「ロマンティック・ファンタジー」「超本格ハードSF」などと書いてあれば、どんな話か一目瞭然なので、ジャンル読者に対しては親切設計。「CWA新人賞受賞の気鋭が放つ〜」「ブッカー賞作家が描く〜」「ヒューゴー賞、ネビュラ賞、ジョン・W・キャンベル記念賞3賞に輝く〜」など、賞の権威を用いる方法も、この系統といえるでしょうか。

・雰囲気型

 作中の文および台詞の引用、詩的な表現などを用いて作品の読みどころを伝える。これが一番編集者にとっては腕の見せ所です。下手に書くと大滑りするか、半笑いでお客さんが通り過ぎることになる反面、もっとも心に訴えかける力が強いのもこのタイプ。一般文芸や恋愛小説は基本的に「語り」がないとカバーの間が持たないので、編集者のセンスがより厳しく問われる。

 まさに文芸的な情緒を湛えた傑作ミステリ、ガイ・バート『ソフィー』(創元推理文庫)の帯を考えていたときには、苦悩のあまり編集部の床をごろごろと転がって移動していたため、この時期会社に来たお客さんの心にトラウマを植え付けるという二次被害も発生。結局、カツ丼をかっ込んでいるときに閃いた「〈楽園〉の最後の夏」という言葉をキーワードにしました。

 個人的には、マイクル・Z・リューインの『A型の女』の帯に書かれた一行コピー「はがねの優しさ」が、このタイプの帯の、まさしく理想だと思います。ミステリ作家の太田忠司さんにこのことを教えていただいたのですが、これはぜひ現物を見てみたい(私が買ったときはすでに帯無しでした)。

・推薦文型

 ペーパーバックにはよく新聞や評論家の書評がついていたりするが、日本では読書家のタレントや作家さんから推薦文を寄せてもらい、帯やPOPにして仕掛け販売するケースが最近目立っている。書店員さん推薦も多くみられるようになりましたね。作品がテレビドラマ化、映画化された際にスチールを借りて、帯にあしらうことも。特に、既刊本をまた動かすときに威力を発揮する。

 ざっとこんなところでしょうか。剛速球一本勝負に絞ることもあれば、上記のパターンを複数混ぜて作ったりもします。ただ、要素を盛り込めば盛り込むほど文字は小さくなるので、限度がありますが。

 ちなみに私が今まで書いてきた翻訳作品帯は「これぞ英国本格の王道」「奇怪な古城の不可能犯罪」「連続殺人を阻止する男」「〈邪神狩人〉対地底魔獣!」などなど。我ながらふんどし一丁って感じです。婚期を逃してきた理由を今更ながら痛感しました。

 そして忘れてはならないのが、心血を注いだ帯の文言を美しく組んでくださるデザイナーさん。いつも文字量オーバーしまくりですみません。いつか帯職人と呼ばれる日を夢見つつ、仕事の質を上げていきたいものです。

執筆者・東京創元社編集部F

*例に挙がった帯の文句が使われているのは、それぞれ下記の作品です。

  • 「これぞ英国本格の王道」
  • 「奇怪な古城の不可能犯罪」
  • 「連続殺人を阻止する男」
  • 「〈邪神狩人〉対地底魔獣!」