『音もなく少女は』/Woman
ボストン・テラン/田口 俊樹訳
ISBN 9784167705879/発売中
文春文庫/定価920円
悲惨な体験に挫けず、絶望の中から這い上がり、何度も立ち上がる
凛々しいヒロインを、テランはくっきり描いている。
いい小説だ。胸に残る小説だ。(北上次郎/本書解説より)
静かに痛烈に胸を刺す素晴らしい小説。本書を読み終え、そう思いました。
ボストン・テランと言えば、「このミステリーがすごい!」第1位、日本冒険小説大賞、イギリス推理作家協会最優秀新人賞の三冠を制したエクストリームなヴァイオレント・ノワール『神は銃弾』で知られています。私がテランに「暴力の詩人」という二つ名を奉ったのはその詩的なブルータリティゆえでした。
しかし、本書は一見、まったく別人が書いたかのように見える静かな静かな小説なのです。解説の冒頭で北上次郎氏が、「この長篇がボストン・テランの作品であることを忘れていただきたい」と記しているように。
物語は1960-1970年代のブロンクスの貧困地域で展開します。そこで生まれた耳の聞こえない少女イヴに次々にふりかかる「世界の悪意」。いまだ女性が非力であることを強いられていた時代に、己の力で世界に挑みかかろうとするイヴ、戦争の非道をくぐってきたイヴの導師フラン、そしてイヴの母クラリッサ——彼女たちの強さを描き切る作品です。
しかし、こんな「あらすじ」では本書の素晴らしさは絶対に伝えきれない。と思っているのです。テラン一流の詩情は、抑制されつつも随所で、荒々しい世界のなかで活きてゆく人びとの崇高さと愚かしさを、そんな世界のなかでも時おり現れる美——例えば摩天楼に区切られた星空——を、描いてみせるのです。
かの広江礼威氏も愛するという暴力小説の名作『神は銃弾』、ミステリ史上で屈指の激烈な銃撃戦が展開する『死者を侮るなかれ』、ハメットのように冷徹な筆致で描く『凶器の貴公子』と、独特の詩情で人間の暴力性をパワフルに描く作品を発表してきたテランは、自身もブロンクスのイタリア系家庭に育ちました。そんな環境でテランは、「強い女たち」を見てきたと述懐しています。
本書はテランの自伝的な作品なのだと思います。ここにいるのは『神は銃弾』のケイス・ハーディンの血脈を継ぐ女たち——いや、むしろ逆か。本書のイヴやフランやクラリッサの血脈から、ケイスや、『死者を侮るなかれ』のディーが生まれてきた……。
静かな小説です。地味に見えるかもしれません。けれど、これは読む者の心を刺し貫く傑作だと信じています。とくに女性たちに読んでいただきたいと。
(文藝春秋翻訳出版部 永嶋俊一郎/Twitter ID: Schunag)