「目録奴隷解放宣言2——俺とお前の総目録。」

●はじめに

 みなさまこんにちは。いつも「冒険小説にはラムネがよく似合う」で冒険小説についての記事を書いている東京創元社編集部のSと申します。今回は、私がここ一年ばかり編集に携わっていた、『東京創元社 文庫解説総目録』(社内通称「ネクロノミコン」)についての悲喜こもごもを書きたいと思います。以前編集者コラムで総目録について書かせていただきましたが、あれはいつでしたっけね……(遠い目)。その後ずいぶん時間がたってしまいましたが、無事に(?)12月18日、つまり本日発売です。ちなみに、今回はタイトルが「目録奴隷解放宣言2」となっておりますが、1は小社ウェブマガジン〈Webミステリーズ!〉に掲載しております。「目録奴隷解放宣言!——編集部Sの愛と憎しみの総目録奮闘記——」です。よろしければそちらもご一読いただけますと幸いです。というより、この記事がよりおもしろく読めると思います。あ、この記事のタイトルに深い意味はありません。

●ピーター・ダルース事件

 小社ホームページの総目録のページには、発売前に少しでも中身を知っていただきたいと思い、PDF形式でサンプルを掲載しております(ダウンロードできますので、ぜひご覧になってくださいね!)。このサンプルを総目録のどの部分にするのかは、ほぼ私の一存で決まりました。文庫の内容紹介文のサンプルのページは、パトリック・クェンティンの本を紹介しているページを選びました。なぜこのページなのか? と思った方もいらっしゃるでしょう。実は……正直に申し上げますと、「なんとなく」です! 「いまさらクリスティのページとか載っけてもしょうがないしねー。パトリック・クェンティンなら、なんかもの珍しげでいいか!」とかなんとかあんまり深く考えてなかった……。もう寝不足で頭は働いていないし、はっきりいって思考停止状態だったのです。しかし後から見直してみたら、このページにはとある事件があったことを思い出しました。

 パトリック・クェンティンには〈ピーター・ダルース・シリーズ〉というシリーズがあります。創元推理文庫に入っているのは『女郎ぐも』『俳優パズル』なんですが、この二作の内容紹介文をよく読むと、あることに気づきます。ちょっと一部分を抜粋しますね。

『女郎ぐも』→「ピータ・ダルースは妻の旅行中に、作家志望の、まるで妖精のような娘と知り合った。」

『俳優パズル』→「(略)……演劇界を背景に錯綜する事件を、二人の素人探偵、ピーター・ドルースとレンズ博士が捜査する。」

 なぬー! しゅ、主人公の名前が違う!! とんでもない誤植だ! と気づき、あわてふためいて原稿に赤をいれようとしました。しかし、念のため保存用の本を開いてみたら……本の登場人物名がすでに違っていました。ど、どうすれば……と悩んだ結果、もうしょうがないので間をとって(?)〈ピーター・ダルース・シリーズ〉にしました。訳者さんが違うので仕方がなかったのかもしれませんが、せめて主人公の名前くらい統一してほしかったよ昔の人……。まぁそれを言えば、東京創元社ではヘンリー・メリヴェール卿が統一されてないのでして。そこは突っこまないでください!

●おもしろタイトル

 さて、総目録の作業の中で一番大変だったのが、著者名索引と作品名索引の突きあわせ作業です。突きあわせというのは、著者名索引のデータを読み上げて、作品名索引にすべての作品が、一字一句間違いなく、きちんと掲載されているかを調べる作業です。

 この作業、毎日やっているとどんどんつらくなってくるんですよ……特に著者名索引の「く」の項はつらかったです。なにせクリスティ、クイーンと短編集やアンソロジーが多い作家がそろい踏みしているのです。短編集はまだいいんですよ、著者が同じだから。一番つらいのはアンソロジーです。つまり一番の敵はエラリー・クイーンだったわけです。クイーンの項だけでなんと10ページもあるという……。世の中で東京創元社から刊行しているクイーンの短編集やアンソロジーの収録作品名を全部声に出して読み上げた人って……私たちの他にいるのかなぁ……。正直、『ミニ・ミステリ傑作選』の突きあわせをやっているときなんて、心の底から「消滅しろ!」と思いましたもん。クイーンは働きすぎ。アンソロジー編みすぎ! そんなに頑張らなくてよかったのに(まさかこんなクイーンに対してこんな感想を抱く日がこようとは!)。

 そんな作業にあたる目録奴隷たちの楽しみといえば、もっぱらおもしろいタイトルを見つけることでした。

私「はいはいはい! 私こんなの見つけた!」

Aさん「なに?」

私「「エドワード・ロビンソンは男でござる」」(真顔)

Aさん「……宣言されても……」

Sくん「僕もっとおもしろいの見つけましたよ」

私「なになに?」

Sくん「「ヒヤシンス伯父さん」

 こんな感じで、適度に息抜きをしながら作業を進めておりましたとさ。ちなみに何も見ないでこの二作の著者名がわかる人はどれくらいいるのでしょうか。「エドワード・ロビンソンは男でござる」は簡単かもしれませんが、「ヒヤシンス伯父さん」は難しいかもしれません。あと個人的なお気に入りは「不思議な女が叫び出す——あたくし、ヘル・ハーゼンフラッツを捜してます!」ですね。そりゃいきなり叫び出したら不思議だわ! これらの作品の著者が誰なのか、気になる方はぜひぜひ総目録を買って作品名索引を使って調べてくださいね! グーグルさんとか使っちゃイヤですよ!

●真夜中の……。

 さて、著者名索引の話はまだまだ続きます。(ネタがないんだろとか言わないで!)著者名索引では、もちろん著者名が見出しになっています。例えば、

 アイリッシュ,ウィリアム Irish, William(米 1903-68)

 こんな感じです。そしてこの著者名見出しには、海外の作家なら綴りを、日本の作家ならひらがなで読みを掲載しております。そしてなんと、海外の作家は、その国の言語で記載しているのです。つまり、フランス人ならフランス語のアルファベットを、ロシア人ならキリル文字を使わねばならなかったのです! さらに、作品の原題までも……。

 まぁ本当に、いろいろな国の著者がいるものですね。ご存じでしたか? 実は東京創元社の文庫に収録されている作品には、タイや南アフリカ出身の著者がいたことを! 長編だけでなく、短編の著者も見出しが立っているので、調べるのがとても大変でした。調べられる範囲で頑張りましたが、中には最後まで原題がわからなかった作品もありました。時間との闘いでしたので、もっと余裕があれば……と、無念です。

 小社のSF文庫には『ロシア・ソビエトSF傑作集』『東欧SF傑作集』があるので、生まれて初めてキリル文字を書きました。あ、それだけじゃない、スウェーデン語とかポーランド語とかブルガリア語、チェコ語もだ。そう、想像してみてください。夜の11時に、たったひとり残った編集部で……書き慣れないキリル文字を、一文字一文字、ただひたすら書き写す編集者の姿を……! もう不格好でもいい、ロシア語に見えなくてもいい! 印刷所の人がわかってくれればそれでいいのよ……! と自分を励ましながら。寂しかったなぁ……、切なかったなぁ……。おいおい(泣)。

●おわりに

 とまぁ、おおむねこんな感じの作業を毎日続けていました。とにかく珍しい体験が沢山できたのでよかったです。それでも、不安でいっぱいなんですが、もうできたからいいや! 刊行することに意義がある! 今、ものすごい開放感にひたっています。もー「I can fly!」って感じですよ。生きてるってスバラシイ。長い間お待たせしてしまって、申し訳ございませんでした。Twitterなどでも話題になっていたと聞いて嬉しいかぎりです。ミステリやファンタジー、ホラー、SF、そして本が好きな方なら楽しめるものになったと思いますので、ぜひお手にとっていただけると嬉しいです。あ、あと来年2月発売の『ミステリーズ!』vol.45にもこのような記事を書きますので、そちらもよろしくお願いいたします!

東京創元社発のひとりごと(編集部・S)