書評家・三橋曉氏の映画評がはじまります。

記念すべき第一回は『ゴーストライター』。お楽しみください。

ミステリ試写室 film 1 ゴーストライター

 もしかすると、今年はミステリ映画の当たり年なのかもしれない。夏の終わりから秋にかけての公開作品だけでも、『ゴーストライター』、『ミケランジェロの暗号』、『スリーデイズ』といった傑作が釣瓶打ち状態で、ミステリ映画に目がない観客(つまりわたしだ)の頬はゆるみっぱなし。中でも、ロマン・ポランスキー監督の『ゴーストライター』は、8月下旬に公開されて以来、都内の映画館では現在もロングラン上映中で、いちおしの折り紙をつけたひとりとして嬉しい限りだ。

 さて、まずは予告編をご覧ください。

 リタイアしたばかりの元英国首相(ピアース・ブロスナン)の自伝を執筆していた元側近が急死し、ゴーストライターを生業とする主人公(ユアン・マクレガー)は幸運にもその後釜に座ることになった。さっそく元首相夫妻が滞在する島を訪れ、執筆に着手するが、前任者の草稿に不可解な点が見つかり、溺死という彼の死因にも疑問を抱くようになる。元首相の過去を調べ直すとともに、主人公は死へと至った前任者の行動を洗いはじめる。

 場面構成や構図からバックに流れる音楽にいたるまで、そのこだわり方はまるでヒッチコック。物語が精緻に組み立てられているのにも舌を巻くが、これは原作者であるロバート・ハリスを共同脚本の相棒に迎えたことが奏功したのだろう。ここだけの話、わたしは二度観てはじめて気づく巧妙なつくりや伏線がいくつもあった。映像と物語の両輪が互いに拍車をかけるサスペンスフルな展開には、もうただただ目を瞠るばかり。

 とりわけ真相が暴かれていくクライマックスで、出版記念パーティの会場の場面から幕切れまでの流れは最高で、印象的なラストシーンまで、息をもつかせない展開で一気にたたみかける。長い間、ポランスキーといえば30年代のロスを舞台にしたハードボイルド映画『チャイナタウン』(1974年)、がミステリ映画好きの常識だった。しかし、これからはこの『ゴーストライター』がとってかわるんじゃないだろうか。

 さて、同題の原作は、主人公の別れた恋人が重要な役割で絡んできたり、ラストが異なるなど、小さな相違点はいくつかあるものの、映画の骨太のサスペンスは、原作からそのまま移植されたものであることがわかる。すでに2009年9月に講談社文庫から刊行済みだが、当時あまり話題にならなかったのが不思議といえば不思議。もったいない話だ。今回の映画の公開が後押しして、以前はなかった訳者あとがきが付されて増刷されたようなので、刊行当時スルーしてしまったミステリ・ファンも、チェックしてみていただきたい。