ミステリ試写室 film 16 ダーク・プレイス

 当人のわたしも含めて、すでに記憶の彼方となりかけているこの不定期連載だけれど、久々に吹聴せずにはおれない映画があるので、紹介させていただく。昨年の東京国際映画祭での上映でその面白さに鳥肌が立ち、しばらくして届いた公開決定のニュースに思わず小躍りしてしまったその作品とは、シャーリーズ・セロン主演の『ダーク・プレイス』である。

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 セロンといえば、グリム童話の女王役(『スノーホワイト』)から、『マッド・マックス 怒りのデス・ロード』でのスキンヘッドまで、どんな役を演じてもその美しさが映える女優だが、その過去は順風満帆とは言い難い。彼女の一家に起きた、暴力をふるう父親を母親が射殺するという事件は、当時十代だったセロンの心に深い爪痕を残している。

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 この『ダーク・プレイス』のヒロイン、リビーという役柄は、そんな彼女の経験を思い出させずにはおかない。1985年、カンザス州。母子家庭の一家が惨殺され、中学生だった長男のベン(タイ・シェリダン)が容疑者として逮捕される。唯一の目撃者で、母親(クリスティナ・ヘンドリックス)と2人の姉を殺された三女リビーの証言が決め手となり、彼女の兄は有罪判決を受けてしまう。

 というわけで、まずは予告編をご覧いただこう。

 事件から28年、時の流れはヒロインの傷ついた心を少しも癒やしていない。大人になったリビーは未だ定職にも就かず、散らかり放題の家に一人暮らし。出版した自伝も話題にならず、同情から寄せられた支援金の蓄えもすでに底をつきかけている。

 そんなダメダメな生活にどっぷり浸かる彼女は、“殺人クラブ”と名乗る殺人事件マニアたちからの申し出に飛びつく。クラブを仕切る青年ライル(ニコラス・ホルト)は、集会にゲストとして出席すれば、報酬をはずむという。お金欲しさから話に乗った彼女は、相容れないものを感じながらも、ベンの無実を信じる彼らに背中を押されるように、事件以来会っていなかった獄中の兄(コリー・ストール)に面会を申し込む。

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 ヘビーメタルと悪魔崇拝に傾倒するティーンエイジャーが、凶悪犯の疑いをかけられる話といえば、1990年代のアーカンソー州で実際に起きた事件を描くアトム・エゴヤン監督の『デビルズ・ノット』(2013年)が思い出される。しかし、真犯人の追及に淡泊だったあちらに対し、この『ダーク・プレイス』では、タイトルにもある主人公リビーの心の闇(=ダーク・プレイス)を見据え、その奥深くに眠る真相を呼び醒ますため、28年前に起きた事件の軌跡を執拗にたどっていく。

 原作はギリアン・フリンの第二長編『冥闇』(2009年)で、CWA(英国推理作家協会)賞の二部門制覇という破格のデビュー作『傷−KIZU−』(2006年)の粘着質な文学性と、映画も大ヒットした『ゴーン・ガール』(2012年)の大衆性の両方をほどよく兼ね備えている。翻訳紹介のエアポケットに入ったかと疑うほど、これまで注目されずに来たが、フリンの3長編中で、もっとも秀でた作品という声があるのも十分に頷ける。

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 映画は、そのフリンの小説に大筋において忠実で、さりげない伏線やいとまないサスペンスも原作譲りのものといっていいだろう。兄の有罪を信じて疑わなかったリビーの心に芽生えた疑惑は、やがて彼女を真相追究へと駆り立てていくが、現在と過去を行き来する手法は映画でもきわめて効果的で、驚くべき事件の真相と、頑なだった主人公の内面に変化が重なり合う印象的なクライマックスで、物語は鮮やかに締め括られる。

 また映画では、キーパーソンの一人であるベンのガールフレンド、ディオンドラ役を人気者のクロエ=グレース・モレッツが演じていることも話題のひとつだが、多重解決の試行錯誤がじっくりと織り込まれた原作を、テンポ良く映像化してみせた脚本・監督のジル・パケ=ブランネールの手並みが見事だ。この映像作家の謎への働きかけの巧さと、その切れ味の鋭さは、フランス政府がユダヤ人を迫害した歴史的事実を告発し、被害者となった少女の消息を女性ジャーナリストが執念でたどる『サラの鍵』(2010年)ですでに実証済みだが、この『ダーク・プレイス』でも、600ページに及ぶ原作のエッセンスを少しも損なうことなく、2時間未満という長編映画の理想的な尺の中に収めている。その手腕を大いに称えたい。(単純な比較はできないものの、デヴィッド・フィンチャー監督の『ゴーン・ガール』は149分ある)

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 最後に原作者のギリアン・フリンにまつわる情報を少しだけ記しておくと、来年にアメリカでオンエアが予定されているテレビドラマ版の『傷−KIZU−』の製作に、現在は深く関わっている。気になるヒロイン役には、『アメリカン・ハッスル』や『ビッグ・アイズ』のエイミー・アダムスがキャスティングされているようだ。

 また、首を長くして次回作を待っている読者も多いと思うが、最新作にあたる『カーターフック屋敷へようこそ』(中谷友紀子訳)という短篇をKindle版(小学館eBooks)で読むことができる。ちなみに同作は昨年エドガー賞の最優秀短編賞を受賞している。

『ダーク・プレイス』

配給:ファントム・フィルム 

© 2014 DAMSELFISH HOLDINGS, LLC ALL RIGHTS RESERVED.

6/24(金)全国ロードショー

レーティング:PG-12

公式サイトhttp://dark-movie.jp/

記事内全写真クレジット

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三橋 曉(mitsuhashi akira)

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 書評等のほかに、「日本推理作家協会報」にミステリ映画の月評(日々是映画日和)を連載中。

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