ミステリ試写室 film 13 ランナウェイ/逃亡者

 失礼ながら、老いてますます盛んとは、まさにこの人のことだろう。かつてウェストレイク原作の〈ホット・ロック〉でドートマンダー役を演じたことや、コンゲーム映画の大傑作〈スティング〉におけるポール・ニューマンとの共演などで、ミステリ読者と映画ファンの両方から喝采を浴びた男、ロバート・レッドフォードである。

 この往年のハンサム俳優も、1936年生まれだから今年で喜寿(77歳)という御歳だが、主催するサンダンス映画祭で新しい才能の発掘に力を注ぐ一方、映画製作にかける自身の情熱にも衰えはない。最新作〈ランナウェイ/逃亡者〉では、製作・監督・主演の三役をこなすという八面六臂の大活躍で、年齢をまったく感じさせない行動力には改めて驚嘆のため息をつかずにはおれぬが、まずはその予告編をご覧いただくとしよう。

 ニューヨークの州都オールバニーに事務所を構える弁護士のジム(ロバート・レッドフォード)は、11歳の娘イザベルと暮らすシングル・ファーザーだ。地元にもとけ込み、仕事ぶりにも定評のある順風満帆の生活を送っていたが、突如飛び込んできた元過激派逮捕のニュースがその状況を一変させてしまう。愛娘を弟のダニエル(クリス・クーパー)に託すると、理由を明らかにしないままベンは世間から姿を消してしまったのだ。

 逮捕されたシャロン・ソラーズ(スーザン・サランドン)は、主婦として平凡な生活を送っていたが、ベトナム戦争に反対し、政府打倒を掲げたかつての過激派グループ〈ウェザーマン〉のメンバーだった。ローカル紙の若手記者ベン(シャイア・ラブーフ)は、逮捕の背景をさぐるうちに、弁護士のジムもまた〈ウェザーマン〉の元幹部で、30年前のミシガン銀行強盗事件で警備員を射殺した殺人犯として指名手配中の人物であったことを突きとめる。

 スクープ記事がアメリカ全土を騒がせる中、偽りの人生を捨て、FBIの捜査官(テレンス・ハワード)やベンの必死の追跡をかわしながら逃走を続けるジムの目的はいったい何なのか?

 原作者のニール・ゴードンは、1995年に『犠牲の羊たち』(徳間書店刊)でデビューした南アフリカ生まれの作家で、文芸誌の編集に携わる傍ら、大学で教鞭もとるという多才な人物である。これまで発表した小説は僅か3作と寡作だが、第1作ではホロコーストのその後を描き、また未紹介の第2作では武器の密輸問題を扱うなど、ジャーナリスティックな視点を持った作家で、そのテーマを真摯に見つめる態度は堂々たる社会派のものといっていいだろう。

 登場人物たちのEメールのやりとりを通じて物語が進められていくというユニークな叙述形式が目をひく今回の原作小説『ランナウェイ/逃亡者』も、その例に洩れない。70年代のアメリカに実在した極左の反体制組織(ボブ・ディランの曲の一節から取られた“ウェザーマン”はその実名)をモデルとして、過激な反戦運動を巻き起こしたベトナム戦争の時代を彷彿とさせながら、当時の世相や人々の葛藤を生々しく浮かび上がらせていく。本作とほぼ同じ時代のウォーターゲート事件を描いた『大統領の陰謀』にも出演した社会派のレッドフォードが、原作として惚れこんだのも十分に頷けるといっていいだろう。

 一方、文庫にして650ページ近い、圧倒的な熱量を誇る原作に対して、映画はそれをスピーディかつサスペンスフルな2時間に凝縮してみせるが、その成功はスティーヴン・ソダーバーグ監督とのコンビでおなじみの脚本家レム・ドブスの手腕に負うところが大きい。例えば、主人公の妻のエピソードを割愛するなど、あちこちに大鉈を振るいながらも、原作のテーマ性はそのままに、濃やかに描かれる家族関係や仲間意識などの人間主義的なドラマの感動もまったく損なわれていない。さらには、終盤明らかにされる思いがけない衝撃の事実にも、観る者の心を揺さぶる力を吹き込んでいる。

 先に挙げた顔ぶれの他にも、ジュリー・クリスティやニック・ノルティ、さらには歌手のジャッキー・エヴァンコといった大スターを担ぎ出す大立者レッドフォードだからこそのキャスティングも実に楽しい。エンタテインメントとして肩に力をいれずに楽しむこともできる映画か、それとも20世紀後半の一時代にじっくりと思いを馳せることのできる小説か。読んでから観るか、観てから読むかのジレンマが、多くのファンが頭を悩ませるに違いない。

 ともあれ近年まれにみる社会派ミステリの傑作をくれぐれもお見逃しなきよう。今週末の10月5日(土)より、新宿武蔵野館ほかで全国ロードショーの予定だ。

■公式サイト http://www.runnaway.jp

三橋 曉(mitsuhashi akira)

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