ミステリ試写室 film 9 ウーマン・イン・ブラック 亡霊の館
怪談といえば日本じゃ夏の風物詩なのに、海の向こうのゴーストストーリーは居間の暖炉に火が入る冬が似つかわしいのは、コワイ話をめぐるお国柄の違いだろうか。というわけで、日に日に寒さが厳しくなる今日この頃、映画のハリー・ポッター役でおなじみのダニエル・ラドクリフが主演する〈ウーマン・イン・ブラック 亡霊の館〉は、いかがでしょう?
まずは、予告編をどうぞ。
原作は、言わずと知れた英文学界の才媛スーザン・ヒルの『黒衣の女』で、今を遡ること25年前、ホラー・ファンを狂喜乱舞させたハヤカワNV文庫の「モダン・ホラー・セレクション」の一冊として翻訳紹介されている。いわゆるスティーヴン・キング以降に雨後の筍のように出現した“新しい”恐怖小説をこぞって紹介していた同シリーズにあって、古典的な佇まいのヒルの作品(ただし1983年刊だが)は正直浮いている印象もあった。しかし、機に乗じたかのように(?)この傑作をラインナップに押し込んだ担当編集者氏の慧眼は、大いに称えられて然るべきだろう。
さて、このヒルの原作を有名にしたのは実は舞台劇で、ロンドンのフォーチュン・シアターで今もってロングランを続けているという同作の舞台化は、1992年には日本にも鳴り物いりで上陸している。以降、「ウーマン・イン・ブラック 黒い服の女」として、斎藤晴彦が二人芝居の相手役を萩原流行、西島秀俊、上川隆也とチェンジしながら、何度もくり返し上演されるほどの人気を博している。
ただ、個人的にはこの舞台版は甚だ不満で、遅ればせながら2008年にパルコ劇場(斎藤晴彦と上川隆也版)で観て、えらくがっかりした記憶がある。派手な音響と照明による幽霊屋敷ショーといった趣きに、原典の持ち味がちっとも伝わってこないもどかしさを覚えたのだ。
ご存じのようにスーザン・ヒルの原作は、心理小説としての重厚な描写をこれでもかと突きつけてくるあたりが最大の読みどころで、恐怖小説としてはクラシカルな部類に属する。しかし、その真綿で首を締めつけるような怖さは、ホラー・ファンの間では折り紙付きで、怪談としてはオールタイム・ベスト級のひとつといっていいだろう。四半世紀ぶりに再読してみた今回も、不条理なまでに主人公を執拗に苛む怨念の深さに、改めて戦慄をおぼえた。
物語は、濃い霧につつまれたロンドンから始まる。ある朝、法律事務所で働く主人公のキップスは、海に近い田舎町への出張を命ぜられる。顧客の老婦人が死亡し、その遺産整理が彼の仕事だった。しかし顔を出した葬儀で不審な人影を目撃したのに続き、身辺で不可解な現象が彼を襲いはじめる。故人や、彼女が住まっていた沼沢地帯に佇む〈うなぎ沼の館〉について尋ねても、村人はその話題を忌み嫌うかのように、固く口を閉ざすばかり。故人の書類整理を進めるうちに、キップスは過去に起きたある悲劇的な事件に行き当たる。
映画では、幼い三姉妹のエピソードが冒頭に付け加えられていること、主人公の弁護士は妻に先立たれており、ひとり息子のジョゼフを残して出張に出かけること、到着早々に村で少女の不審死事件が持ち上がることなど、脚色や変更点は少なくない。しかし其の実、原作の基本的な枠組みは、念入りに映画へと引き継がれている。やがて村人たちが頑なに沈黙を守る理由が明らかになっていき、主人公の弁護士も自身のおかれている絶望的な状況にやっと気づく。しかし、時すでに遅く…。
ところで、この映画がいつの間にか復活を果たしていた英国ホラーの老舗ハマー・フィルム・プロダクションの製作だということに驚くオールドファンも多いだろう。しかし、新鋭ジェームズ・ワトキンス監督の演出は、〈リング〉や〈呪怨〉を連想させるもので、おどろおどろしさを強調したジャパニーズ・ホラーの手法を大胆に取り入れている。そんな古酒を新しい皮袋に入れる試みは、見事に成功を収めているといっていいだろう。
ただし、終章で冒頭へと立ち返り、物語の大きな構図が浮かび上がるカタルシスは、原作でしか味わえない。映画の公開に併せて、原作もこのたび[新装版]としてめでたくカムバック。もし先に映画を観ても、炬燵に蜜柑が相性抜群、この冬の怪談をひもとくことをお忘れなく。
※12月1日(土)より全国ロードショーの予定
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三橋 曉(mitsuhashi akira) |
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